亡霊のジレンマ 思弁的唯物論の展開
本書は、ここ5年ほどの間に雑誌『現代思想』に掲載された諸論文とインタビュー、さらにSF論とマラルメについての講演録をまとめた、カンタン・メイヤスー初の邦訳論集である。主著『有限性の後で』(2016年、人文書院)の出版によって、相関主義批判や事実論性の原理、自然法則の偶然性といった、メイヤスー哲学のいくつかの主題の内実については、すでに国内でも一定の理解が得られていると言って良いだろう。しかし、それらのトピックは、あくまで彼の哲学の一側面にすぎない。というのも、『有限性の後で』は、1997年に提出された未出版の博論『神の不在』の内容の一部の切り出しでしかないからだ。この点で、『有限性の後で』を補う本書所収の諸論考は、メイヤスー哲学の全体像を把握したいという読者への良い導入と言うことができる。とりわけ表題ともなった論文「亡霊のジレンマ」は、ある種の神学的テーゼを提起しており、『有限性の後で』においては(おそらくは意図的に)排除されていた『神の不在』の主題を補足するものとなっている。また、本書所収のSF論やベルクソン論、そしてマラルメ論を通読することで、読者は、博論以来のプロジェクトに限定されない、著者の幅広い関心を窺い知ることができるだろう。とはいえ、「亡霊のジレンマ」に見られる救済論ないし正義論を、『有限性の後で』において提示されたような厳密な議論によって擁護できるのかなど、まだまだ不明瞭な点も多い。メイヤスー哲学の全貌に関心のある読者には、そうした問題も含め、本書によって彼の哲学の大枠を把握した上で、解説等で示唆したいくつかの論文やグレアム・ハーマンによる概説(Quentin Meillassoux: Philosophy in the making, Edinburgh University Press, 2015)にあたることをお勧めしたい。
(岡嶋隆佑)