翻訳
ゲームの規則III 縫糸
平凡社
2018年2月
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結晶体、その変容の環──ミシェル・レリス『ゲームの規則』について
ミシェル・レリス『ゲームの規則』にあって言語遊戯はタイトルに始まっているが、これが各巻ごとの書き手の身ぶりを凝縮して示すようなものになっていることを改めて述べておきたい。第一巻冒頭は鉛の兵隊が落下した光景を再現しようとするが、そのことを書き進める文章体そのものが「抹消」もしくは「分岐」の身ぶりを演じている。要するにタイトルは全体を映し出すミニマルな結晶体となっているわけであり、その極小の要素が変化を繰り返す。『ゲームの規則』四部作は、いわゆる連作という以上に、かつてアンドレ・ブークーレシュリエフがベートヴェンの『ディアベリ変奏曲』について述べたような意味での「変容の環」をなすというべきではないか。
第三巻には自殺未遂事件後に生死の境をさまようレリス自身の姿が書き込まれる。この「冥府の臍」にあっては「シュルレアリスム」や「民族誌」などの文脈も余計なことでしかないだろう。未知の読者との遭遇のきっかけを用意するものでなければ翻訳はむなしい行為に終わる。その意味において、ミシェル・レリスは少なくとも保坂和志、円城塔、坂口恭平のうちに思いがけない読者を見出し、時空を超えて生きのびる可能性を得たと考えることが許されるのではないか。
(千葉文夫)