単著

山下晃平

日本国際美術展と戦後美術史 その変遷と「美術」制度を読み解く

アカデミア叢書
2017年12月

「日本国際美術展」という名称に聞き馴染みがなくとも「東京ビエンナーレ」と聞けばそれとわかる人も少なくはないかもしれない。しかしそうだとしても「東京ビエンナーレ」は、1970年の「人間と物質」展という一度の展覧会と結び付けられてしまいがちである。本書はそうしたメルクマールとなるような「重要」とされている展覧会を追いかけていくというよりはむしろ、「日本国際美術展」の推移を精査していく緻密な研究だと言える。巻末に付された展覧会に関する豊富な年表や資料は、歴史研究としての本書の価値を高めるものとして、まず指摘しておかなければならない。

近年、展覧会史研究として20世紀の美術動向を作家や作品の分析という視点からだけではなく、展覧会の内容と特徴を分析することで、美術史の記述を再編しようという動きが活発化している。本書はそうした流れを受けて、1952年から90年までの約40年間継続した「日本国際美術展」の分析を通じて戦後日本美術における「美術」という制度の問題を問い直している。「日本国際美術展」がたどった紆余曲折は、「美術」制度を西洋から輸入した日本という場が、その制度に対して葛藤し、さらに日本の独自性を模索してきた姿と符合するものとして描かれている。

本書の概要を紹介しておこう。「日本国際美術展」の概要に関する第1章、先行研究の指摘である第2章、そして展覧会の推移を扱った第3章、批評言説の分析を中心とした第4章という形で構成される前半部はまさに「日本国際美術展」を再考する著者の熱量を感じさせるものである。そして第5章ではそれに対して勃興した野外美術展について取り上げ、第6章では「日本国際美術展」終了後の大規模美術展をこれまでの文脈に位置付ける試みを行っている。本文の半分以上を割いている第3章及び第4章の記述はやや議論が錯綜している点も否めないが、「日本国際美術展」の持っていた性質とそこから導き出される戦後日本美術の問題に対する指摘は、本書が美術史研究において重要な意義を持つものとなっていることを示している。

強いて残念な点を挙げるとすれば、当時の社会的・政治的な背景に関する言及が少ないように感じられた点だろうか。戦後史としての記述である以上、美術の領域に対しても当時の社会的な状況の推移が影響していないはずはない。無論本書でもそうした目配りがされていることは節々で言及されているものの、例えば1970年代であれば学生運動の退潮に見られる思想的な変容や、高度経済成長の終焉といった形で日本社会全体が「次の時代」へと進もうとしていた時期だと言えるだろう。「美術」制度がそうした社会環境から隔絶されているような印象を与えてしまっており、それ自体「制度」に取り込まれてしまっているという指摘を免れ得ないだろう。ただし、これは今後の著者あるいはそれに続く研究者による今後の展開に期待されるものであるとも言える。

(鍵谷怜)

広報委員長:横山太郎
広報委員:柿並良佑、白井史人、利根川由奈、原瑠璃彦、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2018年6月22日 発行