カレル・タイゲ ポエジーの探求者(シュルレアリスムの25時)
日本においてカレル・タイゲの名は、1920年代に中東欧で広がりを見せた国際構成主義のプラハにおける中心人物、チェコ・アヴァンギャルド独特のデザインを手掛ける装丁家、バウハウスで講義を行いル・コルビュジェと論争を戦わせた建築理論家、さらにはチェコ・シュルレアリスムの理論的支柱として、それぞれ別個に言及されてきた。多様な相貌を持ちながらもばらばらの形で知られていたタイゲの仕事を、豊富な一次資料を基に網羅的に紹介するのが本書である。
プラハという都市は、地理的にもまた思潮の面でも、西欧とロシア―タイゲが生きた当時は成立したばかりだったソヴィエト―のはざまに位置する。本書はそうした場所の特色を踏まえながら、構成主義とシュルレアリスムという2つの極のあいだで繰り広げられたタイゲの著述と思想を跡付ける。
第1章から第5章までは、若き芸術家たちの同盟「デヴィエトスィル」を立ち上げた1920年代前半、構成主義の相補的な思想として詩と生活の融合を目指す「ポエティスム」を掲げた20年代後半、建築理論に注力した30年代前半、シュルレアリスムと合流しイデオロギー論争を繰り広げた30年代中~後半と、主として時系列に沿ってタイゲの思想を追う構成となっている。ここではプラハで前衛芸術運動に関わった代表的な作家や詩人、芸術家たちについての紹介も充実しており、タイゲを通して当時のプラハの前衛芸術の状況を概観することができる。
加えて最後の2つの章はそれぞれ、1940年代以降のタイゲの「内的モデル」をめぐる思想の理論的展開、そして30年代から死の直前にいたるまで大量に制作されていながら、本人の生前にはほとんど公表されなかった特異なコラージュ作品群の考察にあてられる。ナチス・ドイツによる占領期を経て共産主義政権が樹立された後、タイゲはイデオロギー上の問題から、公的な著作出版を禁じられた。ここではそうした晩年の状況を踏まえ、作家の私的・内的な、あるいは孤独ともいえる部分から生みだされた世界に焦点を当てる。
さらに本書のページ数の約半分を占める付録として、タイゲの各時代の思想の展開を代表する評論が6本、訳出されている。政治的にも文化的にも変動の激しい時代と空間を生きた一人の知識人の姿を、まさに余すところなく紹介する書物である。
(河上春香)