描かれる他者、攪乱される自己 アート・表象・アイデンティティ(アメリカ美術叢書)
本書は、第1巻『創られる歴史、発見される風景──アート・神話・ミソロジー』、第2巻『夢見るモダニティ、生きられる近代──アート・社会・モダニズム』に続くアメリカ美術叢書シリーズ第3巻目となる論文集である。これまで日本におけるアメリカ美術に関する出版物はどうしても第二次世界大戦以後の作家に重点を置きがちであったが、このシリーズではそうした状況を変えるべく、アメリカにおいて抽象表現主義が登場する以前の美術の流れを詳述することに焦点が当てられている。
本巻ではとくに、アメリカ合衆国という多民族社会のなかで先住民やアフリカ系の人々、さらには女性や異国といった「他者」はどのように表象されてきたのか、またそれに呼応するかたちで「自己」はどのように形成され、あるいは変容していったのか、という問題に5人の研究者が迫っている。画家の手によって整理分類されグリッド状に配置、展示された他者の姿を鑑賞する存在としての「われわれ」(第1章:ジョージ・カトリンの「インディアン・ギャラリー」──消えゆく他者と救出する画家の自己成型)、「アメリカ的価値観」という自己像が反映された他者の風景(第2章:フレデリック・エドウィン・チャーチのオリエント)、男性にとっての他者であった女性が自己表象をつくりだそうとしたときに直面した葛藤(第3章:メアリー・カサットの自画像──シカゴ万博女性館壁画『モダン・ウーマン』に描かれたモダニティと「新しい女」のイメージ)、自己を他者の目によって見ることを強いられた黒人画家が感じた「二重の意識」(第4章:ヘンリー・オサワ・タナー『バンジョーのレッスン』をめぐって──黒人画家による黒人表象)、「視る」自己と「視られる」他者の関係が転倒した都市社会における自我の風景(第5章:沈黙のリアリズム──エドワード・ホッパーが視たもうひとつの「自己」)、こうした様々な観点から語られる「自己と他者の美術史」を通じて読者はより豊かなアメリカ美術の立体的見取り図を獲得することができるのではないだろうか。
絵画とは他者を見る「窓」であると同時に自己を映す「鏡」でもある。そうした点でアメリカの絵画ほどその二重性を鮮やかに見せてくれるものは他にはないと言ってもいいだろう。本書を通じて多くの読者がその魅力に気づいてくれることを期待したい。
(小林剛)