新・カント読本
本書は、法政大学出版局が30年前に出していた『カント読本』を刷新することを意図して編まれている。同出版局の『~読本』シリーズは、初学者向けに各巻が主題としている哲学者の紹介を目的としているのみならず、扱う主題、文献目録や年表等をなるべく網羅的に配することで、専門の研究者が目的に応じて参照する場合にも有用であり、事典の趣も兼ねそなえた汎用性の高いシリーズとなっている。
本書の特徴は、たんに従来の利便性をそなえた論集になっているだけでなく、広義には「グローバル化時代のカント像」と称して現代的な問題設定を意識した主題を配置している。たとえば、現代の生命倫理における「尊厳」の問いや、根源悪、正義、人権、永遠平和、世界市民主義といった主題である。また最新の研究成果をとりいれ、日本語で未紹介にとどまっているカントの文献も考慮して編まれている点は貴重である。とりわけ遺稿著作『オプス・ポストゥムム』の紹介は有益であろう。
グローバル化ということでは、カント受容の世界的な展開を一通り紹介しているという点でも注目される。フランス、英米語圏のみならず(イタリアが抜けているのは残念だが)、スペイン、ロシア、またイスラーム文化圏、さらに、東アジアに関しては、漢字文化圏として網羅されている。
(なお、筆者が担当したフランス語圏のカント受容を紹介する章では、デステュット・ド・トラシに始まりベルクソンを経由してメイヤスーにいたる反カント主義との対立とのなかで「怪物的カント像」の布置の提示を試みている。本学会の会員のなかにも関心を寄せていただく読者が少なからずいるのではないかと思う。)
さらに、カント研究者以外からの寄稿者によって「夏目漱石とカント」「パースとカント」「生態学点観点から」のカント、「カント歴史哲学と物語り論」といった多様なコラムも収めており、読者を飽きさせないさまざまな工夫が凝らされている。
カントの著作そのものはしばしば厳めしい体系哲学として私たちの前に立ちはだかっているが、読者各人の関心に応じて本書を自由に繙くなかで、カント哲学の懐にうまく入り込むことが本書の正しい利用法となるだろう。
(宮﨑裕助)