シンポジウム 前衛芸術と古典主義 1880年〜1945年
日時:2017年9月23‐24日
会場:名古屋大学人文学総合棟カンファレンスホール7階
9月23日 基調講演
・デイヴィッド・コッティントン(キンズグトン大学教授)
「バック・トゥー・ザ・フューチャー?前衛,古典と〈後衛〉の概念」
・河本真理(日本女子大学教授)
「前衛/古典主義の相克:両大戦間期の美術をめぐって」
・久保昭博(関西学院大学教授)
「古典主義への回帰はモデルニテのパラドックスか?」
・司会:松井裕美(名古屋大学特任助教)
9月23日 古典主義と第一次世界大戦
・松井裕美(名古屋大学特任助教)
「《切らずに広げて》("Ne coupez pas, dépliez"):キュビスムの歴史と第一次世界大戦」
・池野絢子(京都造形芸術大学准教授)
「カルロ・カッラ:プリミティヴィスムと古典主義のあいだ」
・司会:吉澤英樹(南山大学教授)
9月24日 大戦間期の古典主義
・飛嶋隆信(東京農工大学准教授)
「両大戦間フランス美術における危機と伝統」
・木水千里(お茶の水女子大学特別研究員)
「シュルレアリスムと古典主義」
・利根川由奈(早稲田大学非常勤講師)
「反-肖像画:ルネ・マグリットによる過去と現在の表象」
・司会:鈴木雅雄(早稲田大学教授)
2017年9月23日(土)および24日(日)、名古屋大学人類文化遺産テクスト学研究センター主催のシンポジウム「前衛芸術と古典主義1880年~1945年」が、名古屋大学文系総合会館7階カンファレンスホールにて開催された。近代以降の芸術史や批評において「前衛」が否定的に乗り越えるべき対象とみなされた「古典」は、実際にはどのように機能していたのか。文学と芸術の枠組を越えた包括的な再検討が試みられた。
23日冒頭の基調講演で、英キングストン大学から招聘されたディヴィット・コッティントン教授は、1880~1930年代に、技法的革新と連動した独自の美学を共有し、資産階級と袂を分かち職業的集団を形成した芸術家達が提示する「前衛」のイデオロギーを字義通りに受け取ることの危うさを指摘、「古典」との二項対立の構図を相対化する視点を示した。
同日の個別発表では、河本真理氏(日本女子大学教授)、久保昭博氏(関西学院大学教授)、松井裕美氏(名古屋大学特任助教)、池野絢子氏(京都造形芸術大学准教授)が、翌24日には飛嶋、木水千里氏(お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ特別研究員)、利根川由奈氏(早稲田大学非常勤講師)が登壇した。
23日、河本氏は、両大戦間期の「秩序への回帰」の特徴として「幾何学的秩序」や「プリミティヴィズム」に加え、通常「前衛」的技法とみなされる「フォトモンタージュ」を挙げ、フォルム・ロマヌムなど古典文化の要素を作品に導入したフロランス・アンリの事例を分析した。久保氏はギヨーム・アポリネールやジャック・リヴィエールらの言説を挙げ、「後ろ向きの革命」として彼らが志向した古典回帰にも、「前衛」と同様に美学的および政治的運動の二面性があったことを示唆した。松井氏は、ベルグソンを参照したデュシャン=ヴィヨンの例をはじめ、キュビスムにおける時間のモデルを(アメデ・オザンファンの表現に即して)「折り曲げられた平面を開」き、互いに異質な諸相を並置することで「古典」に関わるものとして論じた。池野氏は、初期ルネサンス絵画の「単純明快さ」を軸に、「近代」と「伝統」とを接続せんとしたカルロ・カッラの作品の推移を辿った。
24日、飛嶋は、両大戦間期の美術雑誌で批評家ヴァルデマール・ジョルジュらが示した伝統回帰の姿勢や、フェルナン・レジェやル・コルビュジェらによる古代ギリシャ文化礼賛の事例を示し、当時の言説において「前衛」の危機を乗り越える手段として「古典」が要請された経緯を示した。木水氏は、新古典主義の領袖の名を冠した、マン・レイの≪アングルのヴァイオリン≫の例を軸に、「古典」との不即不離の関係を模索したシュルレアリスト達の戦略について述べた。利根川氏は≪パースペクティヴ≫連作で、ジャック=ルイ・ダヴィッドやエドゥアール・マネらが描いた人物像を棺桶で再構成したルネ・マグリットに、過去の美術を葬りつつ現代性をも浮き彫りにする両義的な姿勢を見出した。
以上の講演や発表は、分析の対象や視点は多岐にわたれども、以下の観点において共通していると思われる。すなわち、各自が掲げる理念や技能により自らを際立たせた近代の作家や芸術家らは、積極的に伝統を参照することで、不断の革新を是とする「前衛」の概念に距離を置くと共に「古典」自体も多義化していた、という事だ。
各発表後には活発な質疑応答が行われ、コッティントン氏を中心とした全体討議も今回のテーマが豊かな鉱脈であることを改めて実感させた。発表の内容を発展させた論集の刊行も予定されていると聞く。同シンポジウムを受け、更なる成果が生まれることを期待する。
(飛嶋隆信)