第12回研究発表集会報告

研究発表3

報告:小田透

日時:15:20-16:50
場所:武蔵大学江古田キャンパス8号館6階 8603教室

関係の限界の彼方でともにあること──­ジョルジョ・アガンベンにおける潜在性の問題
髙田翔

ポストアナキズムの問題──脱領域化の野心と再領域化の危険性
小田透(静岡県立大学)

【司会】岡本源太(岡山大学)


アガンベンとアナキズム。ふたつの発表には何の関係も存在していないように見える。にもかかわらず、両者を通底する主題系がいくつも存在していた。そのひとつは、司会者の岡本源太が指摘したように、読むことをさらに読むという態度である。テクストをずらしつつ読んでいく者たち──西洋哲学を読むアガンベン、19世紀アナキズムを読むポストアナキストたち──をさらに精読することである。

脱構築されたものを脱構築するという二重の読解行為のなかで、高田翔も小田透も、源泉に遡ろうとする。高田はアガンベンの読むハイデガー/メルヴィル/ドゥルーズ/ベンヤミンのほうへ、小田はポストアナキズムの読むクロポトキン/シュティルナーのほうへ。しかしそれは、先行する解釈者たちの誤読をあげつらったり、起源を正読すると言い張るためではない。ふたりの関心は、原典の正しさを確定することでもなければ、解釈の正統性を審判することでもなく、その先に進むことにある。脱臼的解釈を基点にして、自らの思考を始めたら、何が可能になるのか。そうした創造的な問いがふたつの発表の背後でつねに響いていた。

「関係の限界の彼方で、ともにあること──ジョルジョ・アガンベンにおける潜在性の問題」と題された発表で高田が丹念に論じたのは、外と内を作り出す「排除と包含とのあいだの不分明の境界線」ないしは「閾」の問題である。アガンベンは、予め排除したものを後から(排除されたものとして)包摂するという「アルケーの構造」が西洋において遍在的であると論じ、それをさまざまな形で例証してきた。

しかし高田が注目するのは、「閾」と「限界」という観点からすると、例外状態についての議論が、潜勢力をめぐる議論ときわめて近い距離にあるという点である。アガンベンにとって「非の潜勢力」とは、「しないでいることができる」ことを意味するが、ここでは、「しない」として切り離されたものが「できる」に再び接合されるというパラドキシカルな状況が出現する。「アガンベンは、関係を維持する機構と関係から超出していくなにものかとは、かぎりなく近い位置にあると考えている」と高田は主張する。

「超出していくなにもの」について考えること、それはアガンベンにおいていまだ十全に分節されていない「純粋なる潜勢力」を取り出す試みであると言っていいのかもしれないし、非の潜勢力の従属性を反転させる可能性、自らを自らによって基礎付ける「自己還流」の運動の可能性を問うことであるようだ。しかし、非の潜勢力が単なる現勢力に転化するのではなく、純粋なる潜勢力へと移行することなどありえるのか。そうした問いを念頭におきつつ、高田はアガンベンの読む後期ハイデガーの遺棄論、メルヴィルの「バートルビー」、ドゥルーズ最晩年の内在論、ベンヤミンのゲーテ論や象徴論に分け入り、アガンベンにとって重要なモチーフである「無関係に「共にある」」という布置を詳細にたどっていった。

非因果的思考の系譜学、それが高田の発表の暫定的結論だったが、「ポストアナキズムの問題──脱領域化の野心と再領域化の危険性」と題された小田の発表の結論も、それと極めて近いところにあった。小田にとってアナキズムとは、絶対的自由や国家の否定という具体的主張というよりは、批判性やメタ意識に近いものである。既存の制度機構や意味作用の自明性を撹乱するトラブル・メーカー、いまここにあるものを別のかたちでつなぐためのクリティーク、そこにこそアナキズムの現代的意義があると小田は結論する。

小田のポストアナキズムにたいする態度は両義的である。一方で、ポストアナキズムを高く評価する。たとえポストアナキズムがポスト構造主義理論を19世紀の古典的アナキズムに適応してみようという外在的な思い付きであり、内在的でも自発的でもない疑わしい意図から始まったとしても、それが既存のアナキズム研究のコンテクストを開き、別のコンテクストに繋げていったことに変わりはないからだ。しかし、脱領域的なものとして企図されたはずのポストアナキズムが、哲学や政治学といった既存のディシプリンに自らを帰属させようとすると、小田は批判に転じる。自らの脱構築的方向性を手放し、「イズム」に転化してしまっているからだ。小田が憂慮するのは、オルタナティブとして始まったものが絶対的なものに転化してしまうことである。

絶対化という危険な誘惑を拒み続けることはできるか、と小田は問う。虚構的かもしれない基盤から生起する別の真実を信じつつ、その虚構性を忘れないでいられるか。信じないことを信じるという二重性は分節可能か。コミュニズムをパフォーマティヴなものとしてとらえるジャン=リュック・ナンシーの議論、レヴィナスやシュルマンのアナキー論、マックス・シュティルナーの亡霊論、ファイヒンガーとカーモードのフィクション論、晩年のフーコーの美学的な自己創出論、小田はさまざまな理論を引き合いに出したが、それらはすべて、脱絶対化のための技術として召喚されていた。

ふたりの発表はともに「彼方」を見据えていた。しかしこの「彼方」は、超越的なものでも、どこか遠くに在るものでも、どこにもないものでもない。すぐそばに潜むものである。しかしそれはいったい何なのか。フロアからヘーゲルという問題が投げかけられたのは理由のないことではない。非体系的で、非序列的で、非因果的で、非目的論で、複線的かつ多方向的であるような力能や実践、そのようなものを語ることができるのか。ふたりの発表はその可能性を信じさせてくれるものではあった。だがおそらく、高田翔も小田透も、いまだそのための言葉を見出してはいないようである。

小田透(静岡県立大学)


関係の限界の彼方でともにあること──­ジョルジョ・アガンベンにおける潜在性の問題
髙田翔

ジョルジョ・アガンベン(1942-)が『ホモ・サケル』においておこなった一連の分析は比較的よく知られている。すなわち、ローマにおける法[ノモス]の例外者たるホモ・サケルをはじめとする一群の例外者たちが、「非の潜勢力」として排除されることによって、ノモスとその外たるピュシスとを逆説的に関係させる「閾」として機能し、ノモスの領域が設立される。この結節点をつうじてピュシスによるノモスの侵犯と更新、いいかえるならば絶えざる外の内部化としての「潜勢力の現働化」が駆動することで、法秩序と暴力との共犯関係が維持され続ける、といった分析である。しかしテクストの細部には、さらなる先、つまり「非の潜勢力」の「閾」としての機能そのものを変容させようとするラディカルな戦略もまた示唆されている。それは、「潜勢力が潜勢力自身に向き返って潜勢力を潜勢力自身に与える」ことに導き、濳勢力と現勢力とを「無関係な横並び」とでも呼びうる状態に移行させることで、潜勢力の現勢力への従属関係を破砕する、というものである。この戦略はごく初期の著作から、基本的には一貫して述べられ続けており、たとえば『開かれ』においては、人間と動物、自然と歴史の「閾」を生産し続ける「人類学機械」からの、「性的充足」をつうじた「切断」によって、「人間と動物のいずれをも存在外へと存在せしめる」ことがそれに該当する。アガンベンはこの自らの戦略を、「潜勢力と現勢力の関係の彼方で思考する」存在論の系譜──アヴェロエス、ダンテ、スピノザ、シェリング、ニーチェ、ハイデガー、……──の先端に据えてすらいる。

本発表では、この戦略についての複数の著作における言及部を確認し、次いで先行者──とくに例外的に賛辞をもって召喚され続ける二人の哲学者、ベンヤミンとドゥルーズ──の思考とのあいだに、潜在性を主題とした布置を浮かび上がらせることによって、その射程と内実の考察を目指す。

ポストアナキズムの問題──脱領域化の野心と再領域化の危険性
小田透(静岡県立大学)

アナキズムがリバイバルしている。2013年に出版された論文集の序文でサイモン・クリッチリーが述べているように、「アナキズム的転回」が起こっている。本発表はとくにポストアナキズムと呼ばれる思想潮流を取り上げ、その批判的分析を通して、脱中心的なものを思想的に表象する可能性について考える。発表前半は、ポストアナキズムの嚆矢となったアンドリュー・コッホの「ポスト構造主義とアナキズムの認識論的基盤」(1993)とトッド・メイによる『ポスト構造主義的アナキズムの政治哲学』(1994)を取り上げ、ルイス・コールやサウル・ニューマンによる深化をたどり、ドュエイン・ルセルによる存在論的転換を概観する。ひとことでいえば、ポストアナキズムは、19世紀アナキズムをポスト構造主義的に再解釈したものであるが、この試みはさまざまな批判──過去のアナキズムを恣意的に取捨選択して戯画化している、ポストコロニアル的なものやジェンダー的なものを依然として取り逃がしており古典的聖典の再強化に終わっている──にさらされてきた。しかし本発表が強調するのは、ポストアナキズムに潜む再領域化の野心──アナキズムをイズムとして名詞化=実質化すること、哲学として表象すること──とその危険性である。結論部分では、マックス・スティルナーの亡霊論を参照しつつ、脱領域的なものを脱中心的にとどめておくための足がかりを作ることは可能かどうかを問う。

広報委員長:横山太郎
広報委員:柿並良佑、白井史人、利根川由奈、原瑠璃彦、増田展大
デザイン:加藤賢策(ラボラトリーズ)・SETENV
2018年2月26日 発行