翻訳
夢分析実践ハンドブック
勁草書房
2017年9月
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1937年の刊行来、本国で愛用されてきた、英国初期フロイト派による精神分析の「古典」。文学作品解釈に精神分析を応用し、文学肌とされもするシャープだが、本書は実用目的で英国精神分析協会での訓練生対象の講義シリーズを本にしたもの。元国語教員らしく、第1章で、夢の語り口と修辞法の類似性を、修辞法の説明に沿って解釈技法に応用してみせ、次に、フロイトの夢理論解説の章が置かれる。そこでも全体としても、本書の核は理論ではなく、著者自身の臨床から採集された解釈例であり、有名なのはラカンがセミネールで引用した5章。没後の改版時にラカンとのつながりを謳う前書がつき、文献表にもラカンが加えられ、シャープは遡及的にラカン系とも見られる。だが、今、本書を読むと、刊行時にフロイト派から批判を受けた「類型的象徴の軽視」が生半可ではなく、あえて理論化を避けて「例」で語り、夢を見た人が夢の内外で使う語をアクセスポイントとして意識・前意識・無意識を貫く「個人的」言語世界を捜索し、現実とファンタジーを貫く「わたし」をめぐる物語を再構成してゆくという、職人的な観察採集者・捜査編集者としての姿と、その背後に、きわめて現代的かつ一貫した認知言語学的感覚が浮かび上がる、フロイト派ともクライン派ともラカン派とも一線を画す不思議な古典だ。
(松本由起子)