翻訳
欲望と誤解の舞踏 フランスが熱狂した日本のアヴァンギャルド
慶應義塾大学出版会
2017年7月
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戦後日本で誕生した舞踏は、フランスに渡りどのような展開を見せたのか。著者シルヴィアーヌ・パジェスは、膨大な言説を分析し、フランス人が舞踏に見出した異国への欲望、誤解、抗いがたい魅力を解き明かしていく。舞踏がフランスで「le butô」という固有名詞になっていく過程では、大野一雄、あるいは山海塾のイメージがそれを代表するものとなり、創始者である土方巽が忘却されたという日本からすれば奇妙な状況を描き出している。
受容の過程で生じた一番の誤解は、舞踏がヒロシマの原爆と結び付けられたことだ。ボロボロの衣裳や皮膚など、表層的なイメージは確かに原爆を想起させるものであったが、舞踏家自身がこの結びつきを主張したわけではなく、フランスで作り上げられたものだ。著者はこの背後に、戦後のアメリカとの関係、冷戦時代の核の恐怖を指摘する。ヒロシマはまた、規範を逸脱する舞踏の力をも遮断し、思考を停止させる幕として機能した。
一方で著者は、舞踏を受容したダンサーたちの「身振り」を分析し、そこにフランス人が舞踊史の中で隠蔽してきたドイツ表現主義舞踊を見出す。この表現主義の身振りの存在は、フランスの「若き舞踊の爆発」神話に新たな一面を投げかける。本書は舞踏がフランスで再創造されたプロセスとともに、舞踊史の再考を提案している。
(宮川麻理子)