歴史の地震計 アビ・ヴァールブルク『ムネモシュネ・アトラス』論
本書はドイツのユダヤ人文化史家、アビ・ヴァールブルク(1866-1929)が最晩年に手掛けた膨大な画像のネットワークからなるプロジェクト、『ムネモシュネ・アトラス』の分析を行ったものである。『ムネモシュネ・アトラス』とは、古代から20世紀に至るヨーロッパの美術作品を中心としたさまざまなイメージの画像を、黒いスクリーン上に配置したパネルシリーズである。それらのパネルと画像は何度も配置の入れ替えが行われ、ヴァールブルクの急死によって未完の最終版となったパネルは全63枚、図版の総数は971枚に上る。パネルの現物は既に失われてしまったが、高さ160cm、幅125cmセンチほどのパネルに囲まれて、ヴァールブルクがその中を動き回りながら構成し続けた記憶の女神(ムネモシュネ)の地図帳(アトラス)を俯瞰し、パネル相互のあらゆる繋がりのネットワークを組織的に分析するという著者の壮大な試みは驚異的であり言葉を呑んでしまう。ヴァールブルクが作り出した、このイメージの迷宮全体の組織構造が本書によって示されたことは、ヴァールブルク研究のみならず、イメージを扱うあらゆる研究においても参照され得る、重要な導きの糸となるだろう。記憶の波動の受け手として、自らを「地震計」と譬えたヴァールブルクが放った波動を伝える本書は、読者を揺さぶり、身体的な歴史経験へと誘う新たな震源と言える。
(三枝桂子)