ルネ・マグリット 国家を背負わされた画家
ルネ・マグリットという画家は、不可思議な場面を写実的に描くことによってシュルレアリストの一員として、あるいは言葉と物の関係を問うた哲学的作品を描くことによってコンセプチュアル・アートの祖として見なされてきた。
本書はそういった一般的に流布したイメージとは異なり、マグリットが第二次世界大戦後に多くの公共事業に携わってきた事実に注目し、比較的歴史が浅いベルギーの特殊な文化状況を背景に、ベルギー教育省がこの芸術家を文化政策に利用した理由を美術史的視点を交え明らかにすることを目的とした独創的な企図のもと執筆されている。
様々な視点からなる先行研究についての言及、豊富な作品やテクストの分析が、モダン・アートの継承のために繰り広げられた覇権争いの構図を浮き彫りにしてくれる。しかしその作業は、フランスの延長としてではないベルギーの独自の思惑を詳細な検証することにとどまらない。戦後のマグリット作品の主な市場がニューヨークであったことからフランスに代わり美術界において国際的に影響力を持つこととなったアメリカの文脈もまた考慮されて導かれている。いわば二つの視点からフランスを主軸としたひとつの美術史が客体化されていく仕掛けにもなっている。それゆえ、本書はマグリットのモノグラフィー研究としてだけではなく、20世紀美術史の再考に直面している今日の読み手にとっても示唆に富んでいる。
(木水千里)