触れることのモダニティ ロレンス、スティーグリッツ、ベンヤミン、メルロ=ポンティ
本書は、モダニティの言説において触覚概念が占める両義的な位置を、小説家 D・H・ロレンス(第1章)、写真家アルフレッド・スティーグリッツとその周辺の芸術家や批評家たち(第2章)、思想家ヴァルター・ベンヤミン(第3章)、哲学者モーリス・メルロ゠ポンティ(第4章)の4つの系譜に即して読解する研究である。筆者が触覚性と結び付けて論じるのは、例えばロレンスにおける古代エトルリア文明、スティーグリッツにおいて女性の手が宿す生命、ベンヤミンにおけるベアトリーチェ的エロス、メルロ゠ポンティにおけるプルースト的想起といった形象であり、それらは一見したところ、静的な対立図式のなかに安定した位置を占めているように見えるだろう。とりわけ、第1・2章で扱われる文学や芸術をめぐる言説においてそのことは顕著である。すなわち、彼らが構築する言説性においては多くの場合、視覚/触覚の対立項が、近代/古代、文明/自然、技術/芸術、理性/感覚、男性/女性といった一連の対立項と重ねあわせられ、静的な価値の秩序が形成されるのである。しかしながら、筆者はそのような明白な傾向を認めつつも、彼らの言説において触覚性が対立構図に揺さぶりをかける契機を読み解いていく。そうした触覚の両義性ないし反転可能性は、より理論的に先鋭な言説を扱う第3・4章においてはさらに複雑な構図のもと議論されることになる。そのなかで見出されるものこそ、触覚におけるモダニティであり、とりわけそれが同時代において宿していた政治性である。
(門林岳史)