絵画との契約 山田正亮再考
2016年12月から今年初頭にかけて、「endless 山田正亮の絵画」と題された大規模な回顧展が東京国立近代美術館で開催された(その後、今日と国立近代美術館に巡回)。この毀誉褒貶の激しい画家の美術館規模での回顧の試みは2005年に府中市美術館で初めて実現したが、この展示がもっぱら初期の作品と最晩年の作品群に集約されたのに対して、今回の展示は山田正亮の膨大な量に上る作品群のあらゆる局面を提示するという意味で、きわめて充実した展示たりえていた。また、この展示とともに、山田正亮という画家の存在を発見した観衆も多かったはずである。
この展覧会の企画実現は東京国立近代美術館の中林和雄氏の尽力によるものだが、その長期的な準備期間に中林氏はこの画家の制作の再検討を目的とする研究会を組織し、多くの作品の綿密な分析の成果をもたらすことになった。この成果に立脚し、両国のArt Trace Galleryにおいて開催された5回にわたる討議の記録が本書である。
そして、各討議における発表者の視点および、思考の様態には大きな偏差が露呈しているが、この事実こそが、山田正亮という画家のとらえどころのなさという以上に、この画家を一例として内包する日本の戦後美術の思考の枠組み自体の歪みを露呈させているといえるかも知れない。ごく端的にいえば、その体系化の意志それ自体が、一種の防衛本能として機能しながら、同時にこのオプセッシオン自体が制作を出口のない円環のなかに閉じ込めることになったともいえるかもしれない。
それゆえ、この画家の制作を今日改めて再考する作業は、必然的に、この画家の特異な事例の再考にとどまらず、日本の戦後美術の思考の枠組みそれ自体の再考へと至らざるをえないだろう。
なお、今回の展覧会、そのカタログ、ならびに本書に関する批判として書かれた、岡崎乾二郎の「モダニズム絵画の後味」(『現代の眼』、623号、2017年4-6月号、東京国立近代美術館ニュース)もあわせてお読みいただきたい。
(松浦寿夫)