ベルギーを〈視る〉 テクスト―視覚―聴覚
多年にわたる言語的分断状況のゆえにベルギーは、19世紀建国以来の長くない歴史の中で常に分裂の危機に揺られ続けてき、そうした状況を反映して、「ベルギー研究」自体もまた旧来の「各国(語)文学」「各国芸術」の枠組みのなかで散り散りになっていたのを、ようやく綜合的視座を導入して本書は「人文学を中心とした、「ベルギー学」とでも呼ぶべき新たな学術領域の構築を目指す、その取り組みの一端を形にした」のだと序文にある。いま「世界文学」の新たな潮流に反するごとくにあえて「ベルギー」という国名を打ち出すことの意義は、本書を通読すればおそらく明瞭に感知されよう。
本書の「基本コンセプト」として序文に挙げられた、学際性、視覚、および言語的越境の三本の糸が、互いに緊密に結びつきながら書物全体を縦横につらぬいて、ベルギーという名で呼ばれるひとつの知られざる文化圏域の姿を織り上げる。文化地図上ながらく縦割りされていた「ベルギーというトポス」をあぶりだすために必要とされる学際性は、まずもってベルギーという地域を顕著に特徴づける多言語状況を包摂しうるものでなくてはならず、そこで要請される言語的越境に際して「視覚」(および聴覚)が有効なアプローチをもたらす。言語分断との格闘の中でベルギーがそのアイデンティティの拠り所を視覚芸術に求めていったというその歴史をも、本書はその目次立てにおいてそこばく確かになぞっている。
(武村知子)