第11回神戸大学芸術学研究会 「アニメーション「超」講義!─現代アニメーション論の先端に学ぶ─」
- 日時:2016年10月15日(土)
- 場所:神戸大学文学部B132教室(視聴覚室)
- 報告者:
- 石岡良治(批評家/青山学院大学ほか非常勤講師)
- 土居伸彰(アニメーション研究・評論/株式会社ニューディアー代表)
- 登壇者:
- 前川修(神戸大学)
- 大崎智史(神戸大学人文学研究科博士後期課程)
- 中村紀彦(神戸大学人文学研究科博士前期課程)
- 司会:大橋完太郎(神戸大学)
- 主催:神戸大学芸術学研究室
- 共催:
- 科学研究費補助金基盤(C)「グローバル・アート・インダストリーにおけるアートの可能性」
- 科学研究費補助金基盤(C)「ビュフォン『博物誌』における人類学的思考の意義─ド・ブロスとの比較検討を基点に」
新海誠によるアニメーション映画『君の名は。』が、邦画史上歴代2位(2016年12月現在)となる興行収入を記録したことは記憶に新しい。ほかにも、山田尚子『聲の形』、片渕須直『この世界の片隅に』といった作品が大きな注目を集めるなど、とりわけ2016年はアニメーション映画について話題に事欠かない一年であったといえる。もちろん、そのような「社会現象」とは関係なく、いわゆる「深夜アニメ」においても、3か月ごとに数十に及ぶ新作の放送が開始されており、また国外に目を向けても、数えきれないほどのアニメーション作品がうみだされている。他方で、アニメーションにかんする研究の蓄積が国内外で着実になされていることは周知の事実であろう。「アニメーション」が多種多様な映像群を包括する語として用いられるように(ただし、それは歴史的なものであるということが土居氏の報告によって明らかにされるのであるが)、その研究対象やアプローチは千差万別であり、それゆえアニメーションはさまざまな研究領野が交錯するひとつの場として活況を呈している。
こうした状況のなかで、理論・制度・実践といったさまざまな角度から、アニメーションというメディアがもつ潜在的な可能性を探求すべく開催されたのが、第11回芸術学研究会「アニメーション「超」講義!─現代アニメーション論の先端に学ぶ─」である。会はまず、石岡良治氏、そして土居伸彰氏による報告からはじまった。
石岡氏の報告「アニメーションの「系列化」について」では、アニメを語るあらたな方法論が提起された。アニメは、膨大な量の作品が蓄積されていることにくわえ、各作品が複数話から構成されているがために、全体を把握することがきわめて困難なメディアである。そのため、その膨大さを積みあげたアニメにおける「マニア」の言説は、ときに「作品」単位で思考をおこなう研究者や批評家のそれと衝突し、互いに排他的な関係となりかねない。そこで石岡氏は、それらを架橋する手がかりとして、ドゥルーズ=ガタリの概念(「セリー」や「プラトー」)を援用しながら、特異点となりうる作品から多様な「系列化」をそのつど見出していくことを、宮﨑駿が監督したCHAGE&ASKAのミュージック・ビデオ『On Your Mark』(1995年)の分析をもとに提唱した。
アニメーションを受容する側の視座に立脚した石岡氏に対し、土居氏の報告「「アニメーション映画」の射程を再考する」は、アニメーションを制作する側、わけても個人作家という観点にたつものであった。土居氏は、「アニメーション映画」ないしはアニメーションという語の普及に個人作家の制作活動が大きく寄与していたことを示し、個人作家がその語に見出した可能性について再考した。また、そうした可能性が失われつつあるようにみえる近年の商業アニメーション作品においてさえ、描かれた世界に流れる固有の「時間」が創造され、あるいは画面上で展開する世界が個人的なものにとどまるような、フレームの「向こう側」の世界への想像力を積極的に喚起するような描写が見出されることを指摘した。
両者の報告の後、前川修氏、中村紀彦氏、大崎、そして司会の大橋完太郎氏をくわえた6名による討議および質疑応答がなされた。そこでは、アニメ/アニメーションをめぐる言説の経緯から、エイゼンシュテインによる「原形質性」という概念、さらにはメディア環境や作品の批評・読解・解釈という行為に至るさまざまな論点が提出され、活発な議論が展開された。まさにこのことが、冒頭に述べたアニメーションという場にはたらく強い引力を裏付けていたように思う。そして同時に、翻ってその引力が、アニメーション研究の射程の広さを示し、アニメーション<から>考えることの可能性へとつながっていることが改めて確認された。なお、報告者による論考および討議の模様は、神戸大学文学部芸術学研究室から2017年3月に刊行される『美学芸術学論集』第13号に掲載予定である。各報告や議論の詳細については、そちらをご参照いただきたい。
大崎智史