英米文学にみる検閲と発禁
「発禁と検閲」の観点から英米文学文化を展望することを目指した研究会による共同成果の成果である。
「第1部 イギリスにおける検閲と発禁」では、イギリスの「検閲と発禁」の歴史を15世紀後半からポルノグラフィのジャンルが隆盛するヴィクトリア時代までを概観し、初めて成立した猥褻取締り法律である「キャンベル法」の成立過程を辿る。
「第2部 政治・宗教・思想統制と発禁」では、16・17世紀の演劇上演の一般民衆への影響を恐れる政治的な動きと、18・19世紀の識字率の上昇を背景にした保守層と急進層の 出版をめぐる攻防を追う。
「第3部 猥褻と発禁」では、20世紀における小説の猥褻性と芸術性の問題を代表する、 D. H. ロレンス『チャタレー夫人の恋人』(1928)およびジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』(1922)の出版経緯について考察する。
「第4部 アメリカにおける検閲と発禁」では、徹底した不道徳排斥運動の歴史と二重基準の欺瞞性を「コムストック法」を中心に再考する。さらに、「赤狩り」に巻き込まれてアメリカを追放されたチャップリンの遍歴を冷戦期アメリカ思想統制史とあわせて検証し、追放後にイギリスで制作された映画『ニューヨークの王様』(1957)におけるアメリカ観について分析を試みた。
英米文学を幅広く射程に入れていることからも本来検討すべきでありながら落としてしまった作品・時代・現象など枚挙にいとまがないほどであるが、表現の自由と規制をめぐる問題は今日なおも議論の只中にあり、「検閲と発禁」の観点から英米文学文化史を捉え直す研究の可能性と意義について、その一端を提示することはできたのではないか。
(中垣恒太郎)