2023年11月11日(土)
16:00-18:20

  • 「皮膚感覚と情動:メディア研究の最前線」

    飯田麻結(東京大学)
    平芳裕子(神戸大学)
    渡邊恵太(明治大学)
    水野勝仁(甲南女子大学)
    コメンテイター:高村峰生(関西学院大学)
    司会:難波阿丹(聖徳大学)

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 本シンポジウムは、皮膚(触覚)のテクノロジーを、新しくとらえなおすことを目的としている。従来の超越論的美学は、視覚と聴覚を特権的な感覚として重視してきた。ジョナサン・クレーリーが『観察者の系譜』で論じたように、「近代的主体」は視覚の受肉というかたちで想定される。そして、主客を分離し、対象を記述する距離のテクノロジーである視覚によって、「触覚」は近位感覚として把握されてきた。近位感覚に重きをおく非-二元論的哲学やミメーシス論は、触覚的近接性および準-近接性に特徴づけられる視覚的「触覚」を皮膚感覚が本来ない場所に想像し、イメージと対象とが似通っているという視覚的な相似性や対象との心理的距離の近さを「触覚的」と読みかえてきた経緯がある。
 しかしながら、2000年代以降、このように距離の近さという視覚的な観点から解釈されてきた「触覚」ではなく、視覚とは異なる情報伝達のシステムを備えた皮膚の技術が到来している。テレフォニーの技術発展に動機づけられ、コミュニケーションの障害になりうる距離と時間を可能な限り克服し、思考や感情を無媒介的に他者と共有するという主客融合的な皮膚感覚がさまざまなメディア、デバイス上で重要な知覚となりつつある。
 そして、これは「触発(アフェクト)し触発(アフェクト)される」という、「情動」的なコミュニケーションが優勢になっていることを意味する。「情動」は、主体と客体、そして心身二元論に拘束された視覚的な秩序をのりこえて、非-二元論的な語り、皮膚感覚的な語りの可能性を開いている。また、「情動」の観点から、主体から分離した対象を科学的に記述するというふるまいでは理解しがたい、今日的なソーシャルメディアプラットフォーム上の群衆行動を理解することも期待されている。
 2007年4月にアップル社が発表したiPhoneは、キーボードの代替としてのタッチスクリーンを備え、ユーザーは地続きの「世界の皮膚(World Skin)」(Mark B. N. Hansen, 2006)から他のユーザーに過剰に接続される、即時応答のインターネット空間へと開かれた。更に2017年に登場したiPhone Xのフルイッドインターフェイスは、タッチ操作を前提に、ポインタがスクリーン上の物体(オブジェクト)の形に合わせて変形し、パララックス(視差効果)によって、平面においてもバーチャルな皮膚感覚の表現が洗練されつつある。
 いまや運動の力と質が、圧覚、痛覚、温覚、冷覚等の複合的な体性感覚においてインタラクティブに流通する皮膚の平面こそが、情報を瞬時に、しかも大規模に感染させうる今日的なメディアプラットフォームや、デバイスのスクリーンのモデルと考えられるだろう。
 本シンポジウムは、多彩な学問領域から第一線の研究者をお呼びし、皮膚という沈黙の器官がもたらす複合的な感覚、そして感染していく「情動」について、さまざまに触知してみたい。