2021年12月4日(土)
午前9:00-11:00

  • ナンシー・ホルト《暗黒星の公園》(1979-84)における記念碑的性格──地域住民の経験に着目して/松本理沙(京都大学)
  • 物語に包摂されざる断片──高松次郎《THE STORY》/大澤慶久(東京藝術大学)
  • 真実と詐術──ロジェ・ド・ピールの絵画論における「技巧」をめぐって/村山雄紀(早稲田大学)

司会:平倉圭(横浜国立大学)

ナンシー・ホルト《暗黒星の公園》(1979-84)における記念碑的性格──地域住民の経験に着目して/松本理沙(京都大学)
アースワークの芸術家として知られるナンシー・ホルト(1938-2014)は、全米芸術基金の助成を受け、バージニア州アーリントン郡ロスリンに《暗黒星の公園》(1979-84)を建設した。曲線を描く通路、球体のオブジェ、スチールポールなどによって構成されたこの公園は、地域住民の憩いの場であるだけでなく、記念碑的性格も有している。というのも、一部の球体のオブジェとスチールポールには、その影を模したアスファルトが地面に設置されており、8月1日の午前9時32分頃になると、このアスファルトと実際の影が一致する仕掛けが施されているからだ。これはウィリアム・ヘンリー・ロスなる人物が後にロスリンとなる地を買収した1860年8月1日を祝するものであり、毎年この日になると、多くの地域住民が公園に集い、影の重なりを見届けるという。
先行研究はこうした記念碑的性格や、通路、公園としての機能に鑑み、《暗黒星の公園》を地域住民と良好な関係を築くパブリック・アートとして論じてきた。しかし、この作品が地域住民にどのような芸術経験をもたらすのかについては、十分に検討されてきたとは言い難い。それゆえ本発表は、《暗黒星の公園》が有する記念碑的性格、特に影の重なりが生じる時間に着目することで、地域住民に与える芸術経験を明らかにする。

物語に包摂されざる断片──高松次郎《THE STORY》/大澤慶久(東京藝術大学)
戦後日本の代表的な美術家の一人である高松次郎(1936-1998)は、1972年の第8回東京国際版画ビエンナーレにおいて《THE STORY》で国際大賞を受賞した。本作は、素材として文字が用いられ、ゼロックス・コピー機によって本のように仕立てられている点において、1960年代中頃から興隆したコンセプチュアル・アート―特にダン・グレアムの作品やセス・ジーゲローブの『ゼロックス・ブック』など―に部分的に依拠するものであると言える。しかしながら本作は、コンセプチュアル・アートとは一線を画する高松独自の思考が認められる重要な作品である。本発表ではこのことを本作の分析と高松のテクストの検討を通じて明らかにする。
本作ではまず序文にて「This story is unfinished」と宣言された後、チャプター1においてaからzまでが順にタイプされ、チャプター2では2文字の組合せaa、ab、ac…、チャプター3ではaaa、aab、aac…、チャプター4では、aaaa、aaab、aaac…といった具合に1から4文字までのアルファベットが順列に従ってタイプされている。ただしそれは2冊で終わっており序文の通り未完である。これまでの研究では、本作におけるアルファベットの膨大な組合せの果てしなさや、制作過程でコピー機が使用されていること、また本形式が採用されていることからオリジナルに対するコピーの問題などが指摘されてきた。先行研究を踏まえつつ本発表が特に着目するのは、本作のプロット(因果関係)とストーリー(前後関係)である。この物語はプロットが順列であることから展開と結末が予測可能であり個々の組合せはあくまで順列という物語内の必然的関係の中にあるはずである。しかしながらその展開では特定の単語が偶然に生成されることとなる。それらの単語は物語の外部を指示するものもあれば読者とのプライベートな関係を結ぶものもあり、本作は常に物語の筋を毀損する可能性を孕んだ作品なのである。

真実と詐術──ロジェ・ド・ピールの絵画論における「技巧」をめぐって/村山雄紀(早稲田大学)
本発表はフランス古典主義時代に活躍した理論家ロジェ・ド・ピール(Roger de Piles,1635-1709)の絵画論を分析対象とする。ド・ピールは当時の王立絵画彫刻アカデミーで過熱化していた「色彩論争」における「色彩」派の論客として知られているが、彼が絵画の理論家としてにわかに注目を集めるようになったのは、『色彩についての対話』(Dialogue sur le coloris, 1673)をはじめとする一連の著作の発表によるものである。
本発表はとくに、ド・ピールの絵画論において頻用されている「技巧」(l’artifice)の概念に焦点化する。ド・ピールは「技巧」を画家の傑出した技量を評価するための術語として使用する一方で、「詐術」や「ごまかし」に対応する語句としても用いている。本発表では、ド・ピールにおける「技巧」の二重性を追跡することを第一の目的とする。
また、本発表が検討するのはド・ピールの絵画論における「真実」(le vrai)の概念である。ド・ピールは「真実」を「単純な真実」(le vrai simple)、「理想の真実」(le vrai idéal)、「混合された真実」(le vrai composé)の三つに区分している。ド・ピール以前の絵画論において、「技巧」の概念は「真実」と相反する巧妙な「詐術」として退けられることが多かった。本発表がめざすのは、ド・ピールの絵画論において「真実」と「技巧」が結びつくときの諸相を捉えることにより、眼前に措定される「真実」の捕捉を模範とした古典主義時代の詩学的な絵画論から、観者への「効果」を重視する修辞学的な絵画論への移行を剔抉することにある。このような観点は18世紀のディドロによるサロン評、そして19世紀のボードレール、ゾラなどによる「美術批評」へと継承されてゆくだろう

司会:平倉圭(横浜国立大学)