日時:2019年7月7日(日)13:30-15:30
場所:総合人間学部棟(1B05)
・建築史の視覚的記述──その支持体と配置、そして解体/小澤京子(和洋女子大学)
・ダンテウム再読──話者のみえない『神曲』として/北川佳子(FLOT/S 建築設計事務所)
・皇帝の署名:バルセロナ・パヴィリオンの修辞学/後藤武(株式会社 後藤武建築設計事務所)
【コメンテーター】桑木野幸司(大阪大学)
【司会】戸田穣(金沢工業大学)
物質の構築術としての建築は、記憶術が刻印されるメディウムとして、記憶が作動する劇場としてとらえられてもきた。18世紀フランスの建築家クロード=ニコラ・ルドゥーは建築を語るものとしてとらえ、幾何学形態をアルファベット文字に準えて体系化し、語る建築を生み出そうとした。18世紀以降西欧では、言語芸術との類比の中から建築の文法体系化と建築の修辞学が構築されていった。
このパネルは、建築の文法体系化と修辞学的実践の系譜を辿り直すことを通して、語る建築の可能性の中心を摘出しようとする。小澤京子は、ジャン=ニコラ=ルイ・デュランが取り組んだ建築の文法体系化に新たな解釈の光を当てる。デュランは、建築のコンテクストを剥奪して大胆な図的表現へと抽象化することを通して、建築の制作学としての文法を生成させようとした。建築の修辞学的実践は、文学テキストの建築化という局面において最も充実した成果を生み出した。北川佳子は、イタリア合理主義の建築家ジュゼッペ・テラーニによる未完の「ダンテウム」計画の修辞学を明らかにする。後藤武は、ミース・ファン・デル・ローエによるバルセロナ・パヴィリオンの建築の中に、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテによる戯曲『ファウスト』の表象を見出す。
物質としての建築が言語に準えられた時、そこにはどのような事態が生起していたのか。この建築の詩学/制作学の問題を探ることが、このパネルの目的である。
建築史の視覚的記述──その支持体と配置、そして解体/小澤京子(和洋女子大学)
西洋においてはとりわけ18世紀後半以降、建築の歴史を整理し体系化するために、様式史と類型学の二つが盛んとなった。様式(style)も類型(type)も、ともに建築物の外観が備える形式に着目し分類や系統化を行うための概念であるが、前者は変遷を通時的に捉える際に、後者は共時的な比較と分類を行う際にもっぱら用いられてきたと言えるだろう。同時に、この時代には建築書のみならず、事典類においても美術史においても、図版の果たす機能が重要視されるようになっていた。
本発表では、図(視覚的なイメージやダイアグラム)によっていかに建築物の歴史の記述や、分類と体系化がなされるのかに焦点を当て分析を行う。具体的には、平面上へのグリッド状の配置という点で共通する二つの例、J.-B.セルー=ダジャンクール(1730-1814年)の『記念物による美術史』(全6巻、1823年刊行)と、J.-N.-L. デュラン(1760-1834年)による建築書『比較建築図集』(全2巻、1799-1801年刊行)および『建築講義要録』(全2巻、初版1802-1805年刊行)を比較する。セルー=ダジャンクールが図版において「完全な歴史」と「巨大な美術館」を目指したのに対して、デュランの配置は、建築物を最小単位である「部分」へと分解し、その組替え可能性を設計技法へと結びつけるものであり、建築をいわば「無歴史化」している。この二者の図的表現の背景と前提条件を対比的に明らかにすることによって、デュランの図的表現の「無歴史性」と分類学のロゴスを浮かび上がらせるのが、本発表の目的である。
ダンテウム再読──話者のみえない『神曲』として/北川佳子(FLOT/S 建築設計事務所)
1938年にジュゼッペ・テラーニとピエトロ・リンジェーリが計画したダンテウムは、ダンテ『神曲』を構成的、幾何学的に翻案した建築といわれている。未完に終わったこの建築に関しては一次史料や再現の模型、透視図等のイメージが纏う不在性、つまり人が介在しえない場であることが指摘されている。本発表の目的は、ダンテウムのこの不在性の内容を探ることであり、詩との決定的な違いである話者/ダンテの不在に着目する。『神曲』では、訪問者/話者のダンテが現世で体験し見聞きしたことが鮮やかに描写され、また魂の世界で彼は重さや影、実体があることが強調され、読者に臨場感を与えている。ところでダンテウムでは初期スケッチでウェルギリウスが巨大柱に、報告書で猟犬が一枚岩にみたてられる。したがってテラーニは、訪問者が『神曲』のリアルな描写を建築で体験するように、具象的に表現されたダンテを含む人物、情景の物質性を区別なく記号に還元し、抽象的な視覚表現に変換したといえるだろう。森を暗示する円柱群、床と天井の重力や螺旋運動、行先を誘導する壁、浮遊感を与えるガラス円柱の間を巡り、建築に潜む話者/ダンテは訪問者の身体に浸透し、新しい建築言語とともに彼の理想の帝国へ導く。本発表は、テラーニが話者/ダンテ非顕在の場で彼の世界観を訪問者に伝えるために行なった、『神曲』に描かれた物質性の抽象化、建築への変換とその表現-修辞を示していく。
皇帝の署名:バルセロナ・パヴィリオンの修辞学/後藤武(株式会社 後藤武建築設計事務所)
1929年のバルセロナ万国博覧会ドイツ館としてミース・ファン・デル・ローエによって設計されたバルセロナ・パヴィリオン。近代建築史上最も謎を身に纏うその建物の設計意図の核心に迫ることを、本発表は目的とする。バルセロナ・パヴィリオンには、イギリス風景式庭園の設計手法が適用されている。物語の表象空間だった西洋庭園が参照されているならばそれは、何らかの物語の表象空間だったのではないか。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテによる戯曲『ファウスト』第二部第一幕「回遊庭園:朝日」。皇帝にメフィストが働きかけ、地下に眠っているはずの鉱物資源を担保に紙幣を発行する署名を行う場面だ。署名のための玉座を中心とした部屋は、地中海の波紋が突如として開かれた海中に現出する。そこに海の女神も現われる。バルセロナ・パヴィリオンは、ドイツとスペイン国王との署名の場として計画された。スペイン国王の署名のためのバルセロナ・チェアが、古代ローマ皇帝の玉座をモチーフとしてミースによって設計された。堅固な建材としての緑色大理石、縞瑪瑙、色ガラスは、その静態的な様相の背後で水や針葉樹の葉脈たちと類似関係を取り結び、物質のメタモルフォーゼを示唆する。意味性を排除したフォーマル・システムとしてこれまで記述されてきたバルセロナ・パヴィリオンは、物質のメタモルフォーゼが生み出す修辞学的空間だった。本発表は、「真理」の建築家ミースが物質に潜在するメモリーを利用して物性の多義的な修辞学を実践する様子を暴き出す。