日時:15:20 - 16:40
場所:山形大学小白川キャンパス 人文社会科学部1号館 202教室
- オズワルド・ヂ・アンドラーヂにおけるニーチェの影響──キリスト教批判を中心に/居村匠(神戸大学)
- アナキズム道徳の表象可能性──P・クロポトキンの相互扶助論の基底の問題/小田透(静岡県立大学)
司会:森元庸介(東京大学)
オズワルド・ヂ・アンドラーヂにおけるニーチェの影響──キリスト教批判を中心に
居村匠(神戸大学)
本発表は、ブラジルの批評家オズワルド・ヂ・アンドラーヂ(Oswald de Andrade, 1890-1954)の言説を分析することで、その哲学的な源泉を示し、彼のオリジナリティを明らかにすることを目的とする。
アンドラーヂは1928年に「食人宣言」を発表し、インディオの食人習慣を範とすることで、西洋文化に対するブラジル独自の文化の構築を主張した。この宣言とともにはじまった食人運動は、1930年に終りを迎え、以後彼はマルクス主義へと傾倒する。宣言を通して提起された食人の思想にアンドラーヂがふたたび取り組むのは、1940年代になってからのことである。この思想についての後期の言説には、20年代の断章形式とは異なり論考のかたちをもつものもあり、そこに西洋哲学からの影響をみてとることができる。
本発表は、彼の晩年に書かれた食人の思想についてのテクストを分析することで、その哲学的な源泉を示すとともに、そこから展開される彼自身のオリジナルな思想を明らかにする。分析にあたってとくに注目するのは、ニーチェからの影響である。なぜなら、アンドラーヂ/食人の思想における西洋社会批判の重要な論点のひとつにキリスト教批判があり、それは『道徳の系譜』等でのニーチェの批判を継承するものだからである。この分析は、彼が構想した新たな社会の姿についての研究につながるものであり、ひいては西洋近代とは異なる人間像を描き出すことに資するものである。
アナキズム道徳の表象可能性──P・クロポトキンの相互扶助論の基底の問題
小田透(静岡県立大学)
P・クロポトキン(1842‐1921)は19世紀後半から20世紀初頭にかけてアナキズムの一般理論のための仕事をした。19世紀西欧の実証主義パラダイムに依拠しながら、『田園、工場、仕事場』(1898)ではネットワーク化されたローカルな協同的環境を構想し、『パンの略奪』(1892)では倫理的経済学を素描した。だがここで注目したいのは、同時代の同志たちからも批判された科学主義めいた総合化ではなく、地理学者としてシベリアや北欧でフィールドワークをしたクロポトキンの知的形成に埋めこまれていた人類学的な相対化のモメントのほうである。彼の知への情熱の奥には、世界の他の場所の人々の生にたいする敬意があり、倫理的な生への希求があった。本発表が取り扱うのはクロポトキンにおける道徳の問題であるが、ここで焦点化したいのは、彼のテクストに読み取れる具体的な道徳内容の規定(たとえば相互扶助)というよりも、共生的な在り方を可能ならしめるための心的態度がいかにして立ち上がってくるかである。外的強制を原理的に拒むアナキズムの磁場のなか、自己矛盾に陥ることなく、いかにして道徳を基礎付け、正当化し、表象しているか、という点である。本発表は、最も著名な『相互扶助論』(1902)を、地理教育についての周縁的テクストや未完の『倫理学』と突き合わせ、デヴィッド・グレーバーが「いまここにすでにある共産主義」と呼んだものをクロポトキンの言説のなかから浮かび上がらせることを目指す。