日時:13:00 - 15:00
場所:山形大学小白川キャンパス 人文社会科学部1号館 201教室

  • 芸術の前線──ローマ・クアドリエンナーレの貫戦史/鯖江秀樹(京都精華大学)
  • サクリ・モンティとしての岐阜大仏──アルド・ロッシの宗教建築観における胎内の表象/片桐悠自(東京理科大学)
  • 細胞としての建築──フレデリック・キースラーの「コルリアリズム」/瀧上華(東京大学)

司会:小澤京子(和洋女子大学)

芸術の前線──ローマ・クアドリエンナーレの貫戦史
鯖江秀樹(京都精華大学)

ヴェネツィア・ビエンナーレやミラノ・トリエンナーレなど、イタリアには長い歴史を有し、かつ現在もつづく定期美術展がある。日本ではほとんど知られていないが、ローマ・クアドリエンナーレもそのうちのひとつである。この美術展は、ファシズム体制下で、国内作家のための芸術振興を目的に1931年に設立された。その後、第二次大戦による中断、予算不足による開催取りやめなど、幾多の難題に直面してきたが、2020年には17回目の開催が予定されている。

本発表では、大戦直後に再開された第5、6回クアドリエンナーレ(1948年および1951-52年)を考察対象とする。この時代のイタリア美術は、新興の芸術家グループの乱立と、共産党を巻き込んだ激しい論争などを特徴とする、混乱の時代として語られてきた。言いかえれば、戦後の社会再建にあって未来の造形文化はどうあるべきかが探求された時期であった。しかしながら、この探求は単なる未来志向というよりむしろ、ファシズムを含めた直近の美術論に依拠していたと考えられる。クアドリエンナーレは、そうした趨勢の鑑であるとともに、芸術闘争の前線が幾重にも非対称に重なりあう「内戦地帯」であったのではないだろうか。本発表は、「貫戦史」という観点から、クアドリエンナーレに対極的な姿勢で臨んだレナート・グットゥーゾ(1911-87)とエンリコ・プランポリーニ(1894-1956)というふたりの画家の作品と言説を手がかりに、この内戦の実像を炙りだす試みである。


サクリ・モンティとしての岐阜大仏──アルド・ロッシの宗教建築観における胎内の表象
片桐悠自(東京理科大学)

アルド・ロッシの建築論は幼少の頃より慣れ親しんでいたカトリックの教育的影響が色濃く反映されている。本研究では、「サクリ・モンティ」と、ロッシが感銘を受けた日本最大級の籠大仏・岐阜大仏の関連を明らかにする。ロッシの著作で数多く言及がなされる「サクリ・モンティ」とは、北イタリアの反宗教改革の巡礼地であり、山を登りながら、キリストの受難劇の彫刻を内部に含むパビリオンを順に訪れる宗教空間である。発表者は、ロッシの父方の地元ソマスカ、世界遺産のヴァラッロとヴァレーゼ、37mの聖人像のあるアローナのサンカルロを訪れ、「サクリ・モンティ」を実地調査した。そのうえで、岐阜大仏を実地観察し、彼の言説・スケッチと合わせて建築表象を考察した。ロッシが岐阜大仏をアローナの「サンカルローネ」像と結び付けたことは、大仏断面図が「内部に人が入れる」ようだと彼が添え書きしていることから、〈胎内〉の表象を両者に見出していたことがわかる。また、ロッシの大仏断面図のスケッチには「絵葉書風」と添え書きされて青空が描かれたが、これはサクリ・モンティのパビリオン内部の描かれた空、《モデナ墓地》設計競技案説明文「空の青」と関連づけられる。さらに、これはロッシが言及するバタイユ『空の青』の墓地のシーン、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』での川での幻視とも関連付けられ、〈胎内〉の表象が「母体回帰」のイメージに重ねて合わせられると考えられる。


細胞としての建築──フレデリック・キースラーの「コルリアリズム」
瀧上華(東京大学)

フレデリック・キースラー(1890-1965)はアンビルドの建築家といわれる。たしかに、キースラーの建築で実現したものは生前においても少なく、現存する建築物としてはイスラエルに建てられた《本の神殿》(1965)が唯一のものである。一方で、彼が発表した《エンドレス・ハウス》案(1950)は、卵や洞窟のような模型の姿が圧倒的な存在感を放ち、キースラーの代表的作品としてしばしば言及される。それは実現していないがゆえに、既存の建築とは異質の立ち位置を獲得しているといえよう。

キースラーのこのような独自の形態は、彼が1930年代から発展させてきた建築理論「コルリアリズム」によって導かれたものであった。キースラーは、当時の生物学や進化学を導入しつつ、人間と環境との関係性という観点から「建築」を新たに捉え直そうとする。彼は、建築の目的とは、人間と環境との間の相互的な平衡状態(=健康)を築くことであり、人間の生命活動を維持・発展させることだと述べる。ここで、建築は生物の細胞と機能的類似を見せる。「細胞としての建築」においては、内部が外部から保護されると同時に内部と外部とが貫入しているという状態が成立している。そこには、内と外との境界を曖昧にしたり皮膜化したりするのではないやり方で、内部と外部との関係性を扱おうとする思考を見出すことができる。

本発表では、キースラーの建築理論「コルリアリズム」について、1939年に発表した「コルリアリズムとバイオテクニック」を読み解き、彼の人間や環境、建築についての捉え方を検証する。そして、それが彼の建築案にどのような形として表れているのか、特に《エンドレス・ハウス》にみられる滑らかな卵型から穴隙をもつ洞窟のような形状へと発展していく形態と、彼の建築理論との関係を探る。