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若手研究者によるフォーラム第三回(科学研究費萌芽研究)
「イメージ(論)の臨界:イメージのポリティクスとエコノミクス」


去る2008年8月30日、京都大学の岡田温司氏主催の若手研究者によるフォーラムが京都大学にて開催された。「イメージ(論)の臨界」シリーズ第三弾となる今回は、イメージについて考察するにあたり、広義でのポリティクスとエコノミクスという項は度外視できないというヴィジョンのもと、郷原佳以氏を司会に迎え、6名のパネリストによる研究発表が行われた。

はじめに、乾由紀子氏(京都大学大学院・博士後期課程修了)が、「イギリス炭鉱写真絵はがき:研究の内容とプロセス」と題して発表された。先ごろ刊行された自著をベースに構成され、現地でのフィールドワークの成果を盛り込んだ野心的な発表であり、誰もが一度は手にしたことのある絵はがきというメディア――複製品であり、通信手段であり、すぐ手放してしまうもの――の可能性に改めて注意を促す啓発的な内容であった。

続いては、野田吉郎氏(東京大学大学院・博士後期課程)による、「Ambarvalia(あむばるわりあ)で芸術を指差す――西脇順三郎の詩と試論」が発表された。詩人であり画家でもあった西脇の詩作について慣習的に冠される「絵画的」という批評言語はいかなるものか。この問いを端緒に、「絵画的・音楽的な詩」の限界の指摘と再構築が試みられた。西脇の詩は、詩と絵画の喚起するイメージの近似性に収斂することなく、むしろ両者の差異に互換性を持たせようという意図のうえに成り立っていたとの新たな見解が提示された。

三番目の発表は、高松麻里氏(ニューヨーク大学美術研究所・明治学院大学非常勤講師)の「王の死の尊厳:狩野内膳筆『豊国祭礼図屏風』をめぐって」。豊臣秀吉の死後、自身とその周囲が、まさにイメージによって秀吉の神格化を図ったという屏風絵を主題に、政治権力がイメージを通してどのようにつくられていくのかという、今回のテーマに正面から切り込んだ発表であった。屏風絵の制作操作や演出=ポリティクスと流通段階=エコノミクスの両要素がいかに権力の形成に寄与するところ大なるかが明示された。

次は、武田宙也氏(京都大学大学院・博士後期課程)の発表「フーコーにおけるイメージと政治」。フーコーの言説に一貫して、強度を変えながらも通奏低音のように流れている鏡イメージを、とくに晩年の統治論と接近させる目論見だった。フーコーの鏡モデルにおける主体の消滅から可塑的な主体への推移、そして類似性と同一性の極にあると同時にそれらに亀裂を入れるものでもある鏡(鏡像)の機能が考察された。

五番目の発表は、荒川徹氏(東京大学大学院・博士後期課程)による、「連接的自然――後期セザンヌとホワイトヘッド」。メルロ=ポンティとホワイトヘッド、さらにはクレーリーを接続しつつ、長時間露光、遅延効果、フォトコラージュ等様々なモティーフをアクロバティックに横断しながら、ばらばらの時間や知覚がセザンヌの絵画において再統合される様をスリリングに展開させ、会場を沸かせてくれた。

最後を飾ったのは、宮崎裕助氏(新潟大学人文学部・准教授)の「パラサブライムについて――カント崇高論の臨界」。カントの『判断力批判』の内部に表面的に読まれるような政治性ではなく、「政治の美学化」に抵抗するような政治性を見出す試みがなされた。美でも崇高でもない感情の契機をパラサブライムという新たな語によって、カント崇高論における反美学的な臨界点を探る発表であった。イメージ化のプロセスにおいてイメージになってしまう前の裂け目、ギャップそのものが共存しているような状態としてのパラサブライムなるものの提言として興味深かったが、他方それが具体的なイメージといかに関わるのかという展開も期待される。

引き続き行われたパネリスト間のディスカッションおよび会場に開かれた質疑応答では、多視点にわたる討議がなされた。なかでもひとつ大きな論点となったのは、イメージが立ち顕れる瞬間はいつなのか、という問いであった。イメージ化のプロセスにおいて、「イメージできる」とは「理解できる」ということなのか。または、それは類似や対比によって可能となるのか。あるいは、イメージ化を逃れるようなものとしてのパラサブライムという在り方、等々多様な可能性が検討された。この問いによって、テクストの内部構造=エルゴンおよびテクストの外=パレルゴンとしての二つのポリティクスは決然と分かたれるものではないということが再認された。また、郷原氏がモンザンを引いて示唆したように、イメージの根源には、何かを配置しなおすこと(オイコノミア/ディスポジション/ディスペンション)があるという点も、重要な視座であった。今回のテーマは、いわばイメージの外的効果を含意するものであったが、むしろイメージそのものを問いなおす契機となり、次回へのさらなる課題が炙り出されたといえるだろう。

次回フォーラム開催は、2009年3月初旬を予定。発表希望者も募集中。(佐藤真理恵)

乾由紀子(京都大学大学院・博士後期課程修了)
「イギリス炭鉱写真絵はがき:研究の内容とプロセス」

野田吉郎(東京大学大学院・博士後期課程)
「Ambarvalia(あむばるわりあ)で芸術を指差す――西脇順三郎の詩と試論」

高松麻里(ニューヨーク大学美術研究所・明治学院大学非常勤講師)
「王の死の尊厳:狩野内膳筆『豊国祭礼図屏風』をめぐって」

武田宙也(京都大学大学院・博士後期課程)
「フーコーにおけるイメージと政治」

荒川徹(東京大学大学院・博士後期課程)
「連接的自然――後期セザンヌとホワイトヘッド」

宮崎裕助(新潟大学人文学部・准教授)
「パラサブライムについて――カント崇高論の臨界」

【司会】郷原佳以(関東学院大学・専任講師)