新刊紹介

岡田 温司ほか(訳)
ヴィクトル・I・ストイキツァ『影の歴史』
平凡社、2008年08月

絵画表象を、その「影」から、あるいはネガから思考すること。この逆説は、しかし、ある種の必然性に支えられている。というのも、ひとつの神話によれば、死の運命が待ち受けている愛人の影をなぞったことが、絵画の起源とされるからである。死と愛、哀惜と記憶とが、起源の神話の内にしっかりと組み込まれている。だが、それにしてもなぜ「影」なのだろうか。影とはまた、分身にして霊魂や亡霊のことであり、ときに応じて神聖にも悪魔的にもなりうるような、不気味で多義的な存在にほかならない。それゆえ、「影」としての絵画、あるいは絵画の中の「影」の系譜をたどることは、従来の様式史やイコノロジーの枠組みをはるかに超える試みとなる。かくして、「影の人類学」を提唱するストイキツァの登場である。領域横断的なこの著者の方法については、すでに翻訳のある『絵画の自意識』や『ピュグマリオン』などを通じて、わが国の読者にもつとに知られるところで、古代から現代までを覆う本著でも、その精緻にしてダイナミックな身振りはいかんなく発揮されている。近年、インスタレーション等でも「影」はヴィヴィッドなモティーフとして再注目され、また「影」をテーマにした展覧会も世界各国で催されているが、そのきっかけのひとつが、1997年に上梓された本書にあるといってもけっして過言ではない。私信によれば、目下の著者のテーマは「顔」であるという。こちらもどんな意表をつく顔が飛び出してくるか、その成果が待ち遠しい。(岡田温司)