新刊紹介 翻訳 『メダリオン』(東欧の想像力)

加藤有子(訳)
ゾフィア・ナウコフスカ(著)『メダリオン』(東欧の想像力)
松籟社、2016年1月

1945年春、ナチス・ドイツの占領からソ連によって「解放」されたポーランドではすぐにポーランドにおけるナチス犯罪調査委員会が組織された。文壇の中心的な存在であった女性作家ゾフィア・ナウコフスカも委員会に加わる。短編集『メダリオン』は、委員会メンバーとして立ち会った聴取や現場の査察、そしてドイツ占領下のワルシャワを生きた作家の個人的出会いと対話に基づく証言文学である。

委員会の調査と並行して執筆され、1946年に単行本として刊行された本書は、世界的にも最初期のホロコースト文学であり、ナチス犯罪告発の文学である。証言者はユダヤ人に限らない。対独レジスタンスのポーランド人も、目撃者も対独協力者も含む。原題は円形の縁つきの肖像を意味する「メダリオン」の複数形。8編の短編からなる本書は、ナチス・ドイツ占領下のユダヤ系も含めたポーランド市民の肖像だ。加害者ナチス・ドイツと被害者ユダヤ人という二項的図式からは漏れ落ちる、ホロコーストの現場となったポーランドという第三項に視野を開いてくれる。ポーランドでは学校の課題図書として長く読み継がれ、今日でも知らぬ人はいないホロコースト文学の古典である。東欧など社会主義圏を中心に早い時期から翻訳された一方、英語版の刊行は2000年、フランス語版は2014年と西側での受容は遅れた(日本語では吉上昭三、小原雅俊訳の短編三つがすでに紹介されている)。

人間の死体を利用した石鹸作りの実験、ゾンダーコマンド、アウシュヴィッツやヘウムノ絶滅収容所、ワルシャワ・ゲットー蜂起、ユダヤ人とポーランド人の隣人関係、証言という形式など、日本でも知られるアラン・レネの映画『夜と霧』(1955)やクロード・ランズマンの映画『ショア』(1985)に描かれた要素、そしてそれら以降、今日までのホロコーストをめぐる議論で前景化される要素が、1946年の本書にすでにほぼ網羅されている。短編「人間は強い」において、ユダヤ人の死体を「頭を交互に」穴に積み重ねる様子を語るミハウ・Pは、数十年後に映画『ショア』で証言するヘウムノの元ゾンダーコマンド、モルデハイ・ポドフレブニクその人である。

何より、数あるホロコースト文学から本書を区別するのは、証言を基にした短編という形式であり、その語りの手法である。語り手=聞き手として登場するナウコフスカと思しき女性は、主観やコメントを最小限に抑え、道徳的秩序も法的秩序も崩れたカオスのなかに投げ出された証言者の記憶を一人称単数の語りのままに提示する。出来事の解釈や判断の手がかりはない。読者は欠落や省略、断絶から成る証言の言葉に直接対峙し、証言行為の当事者に引き込まれる。2015年にノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの語りも想起させる。刊行から70年を経ても、内容、形式ともに古びるところはない。

本書には収容所が置かれたポーランドの小さな町や村の名前が多数出てくる。日本語訳では地名に可能な限り注釈を入れ、巻頭にはその位置を示す地図を置いた。(加藤有子)

加藤有子(訳)ゾフィア・ナウコフスカ(著)『メダリオン』(東欧の想像力)松籟社、2016年1月