トピックス 2

公開研究会
「日本映画の音楽・音響研究の現在(日本音楽学会 2015年度支部横断企画)」
(2015年9月5〜6日)

【プログラム】
http://shibuodan2015.wix.com/shibuodan2015-1

2015年9月5日(土)@早稲田大学早稲田キャンパス小野記念講堂

○シンポジウム「現代の無声映画上映における音楽伴奏の可能性」

  • 登壇者: 柴田康太郎(東京大学)、白井史人(東京医科歯科大学)、今田健太郎(四天王寺大学)、神﨑えり(作曲家・ピアニスト・即興演奏家)、鈴木治行(作曲家)

○参考上映『軍神橘中佐』(三枝源次郎監督、日活、1926年、東京国立近代美術館フィルムセンター所蔵作品)

  • 弁士:片岡一郎、編曲・構成・ギター:湯浅ジョウイチ(カラード・モノトーン)
  • ピアノ:丹原要、作品解説:紙屋牧子(東京国立近代美術館フィルムセンター)

2015年9月6日(日)@東京大学駒場キャンパス、18号館コラボレーションルーム1

○研究発表1:サイレントとトーキー

  • 柴田康太郎「松竹のサウンド版映画における音楽/音響演出」
  • 肥山紗智子(神戸大学)「1930年代初期のヒッチコック映画の音響表現に見るサイレント映画性」
  • 正清健介(一橋大学)「小津安二郎『彼岸花』におけるオルゴール音楽」

○研究発表2:音楽と映画

  • 白井史人「1930年代日本の「作曲家映画」──『荒城の月』と『世紀の合唱──愛国行進曲』にみる国民意識」
  • 紙屋牧子「映画で/映画と歌う──戦時下における映画と音楽」
  • 藤原征生(京都大学)「芥川也寸志の映像音楽における音楽語法の変遷──歴史劇を中心に」

○書評会「長門洋平『映画音響論──溝口健二映画を聴く』を読む」

  • 書評: 柴田康太郎、白井史人、 木村建哉(成城大学)
  • 応答: 長門洋平(著者、国際日本文化研究センター)

主催:日本音楽学会、共催:早稲田大学演劇博物館演劇映像学連携研究拠点


本公開研究会は、日本音楽学会の支部間交流を促すための公募イベント「支部横断企画」として企画された。1日目のシンポジウム「現代の無声映画上映における音楽伴奏の可能性」では、研究者、演奏家、作曲家ら様々な立場からの発表とディスカッションが行われた。早稲田大学演劇博物館に新たに収蔵された無声映画伴奏譜コレクション(※1)に基づく映画『軍神橘中佐』の参考上映も試みられた。2日目は、映画の音楽・音響の研究に従事する若手研究者の研究発表と、2014年に出版された長門洋平『映画音響論──溝口健二映画を聴く』の書評会が開かれた。会場には、音楽学会会員、映画研究者、さらに一般からの参加など2日間のべ60名の来場者により積極的に意見交換が行われた。

シンポジウム「現代の無声映画上映における音楽伴奏の可能性」より

シンポジウム「現代の無声映画上映における音楽伴奏の可能性」より

近年、視聴覚文化(Audio-Vision)研究の進展は著しい。2014年にはThe Oxford Handbook of Film Music Studies(edited by David Neumeyer)が、2015年にはThe Cambridge Companion to Film Music(edited by Peter Franklin)が出版され、その対象も映画以前のメディアから近年のゲーム・オーディオやデジタル動画編集に至るまで広がりを見せている。日本での研究も広がりつつあるが、その成果は映画研究、音楽学、地域研究などの各領域に分散している。本公開研究会は、地域にまたがる研究者間の交流のみならず、映像・音響双方の視点から研究手法や視点を再検討する格好の機会となった。

2日間を通して、ピアニスト・神﨑えり氏、作曲家・鈴木治行氏らによる実践の紹介から、監督論、作品論、作曲家論、受容論など実に多様な観点が提示された(※2)。個別の発表内容に踏み込むことはできないが、無声映画上映の伴奏音楽をめぐる議論を出発点においたことで、映画がフィルムという媒体のみに還元されず、作品が上映された場、映画館や聴衆など様々な文脈を含めた現象として成立してきた点へ強く注意が向けられた。

今回のシンポジウム・研究発表が対象とした1920年代〜1950年代の映画は、映像・音声の両面で記録・再生メディアが絶えず変化する視聴覚メディアの過渡期にあった。残存率も少なくそもそも音響を記録しない無声映画、テンポ・編成・使用法なども定かではない映画館での伴奏譜、多くの形式が林立し淘汰されていったトーキー初期の上映形態や録音・再生装置など、研究対象の物質的な基盤そのものが危うい。そうしたなかで、録音・再生システムなどの技術的条件に関する知見を共有することが喫緊の課題として浮かび上がった半面、マテリアルの不確実さが生む可能性も示されたように思う。

例えば、1日目の参考上映では、これまで上映機会に恵まれてこなかった映画『軍神橘中佐』(監督:三枝源次郎、1926年、日活)が、フィルムと楽譜の両者が現存する数少ない作品という物質的な制約のなかで選ばれた。そうした消去法からの作品選択から始めることしかできない状況にも関わらず、活動写真弁士・片岡一郎による説明、楽団「カラード・モノトーン」楽長の湯浅ジョウイチと、ピアニスト丹原要の好演にも助けられ、再評価につながる上映が実現した。この演奏で使用された楽譜は、当時の日活で活動していた作曲家・松平信博が、本映画のために既成曲集や軍歌などから編纂したものである。楽器編成・楽曲の反復回数・使用場面などに関する指定が乏しく、出典調査などによる僅かな手掛かりをもとに使用場面や回数を決定し1つのバージョンを作成する必要があった。その点で、字幕情報等と楽譜との照合が可能であった『国民の創生』(監督:D. W. グリフィス、1915年、音楽:ジョセフ・カール・ブレイル)や『ベルリン──大都市の交響楽』(監督:ヴァルター・ルットマン、1927年、音楽:エドムント・マイゼル)などと比較するといわゆる忠実な「復元」としての精度は必ずしも高くない。しかし、複数のバージョン作成の余地を残した活用法を提示するしかないという「復元」の困難さは、むしろ日本における無声映画のあり方の決定的な一面を示している。現場の経験と歴史的資料の対話を重ねて映画・音楽の双方の歴史記述に別の視点や厚みを加える可能性を示す参考上映となった。

参考上映『軍神橘中佐』より

参考上映『軍神橘中佐』より

左:片岡一郎(活動写真弁士)
右:湯浅ジョウイチ(編曲・構成・ギター)、丹原要(ピアノ)


今後は、音響メディア論(史)、演劇/パフォーマンス研究など、より多様な領域との協働が求められよう。演劇博物館の伴奏譜資料の調査も継続しており、楽譜資料の更なる活用も検討されている。また、発表を行った博士課程やポスドクに在籍する研究者にとっては、それぞれが抱えてきた問題の基盤を共有しさらに発展させていく好機となった。

今後こうしたイベントをさらに継続することで、年次大会や学術誌の発行を続け、キール映画音楽学会Music & the Moving Imageなどに類する情報交換・発信のプラットフォームが形成されることを目指したい。(白井史人)

[脚注]

※1 公募研究「無声映画の上演形態、特に伴奏音楽に関する資料研究」(研究代表者:長木誠司、研究分担者:紙屋牧子、柴田康太郎、白井史人、山上揚平)にて、2014年より日活関連楽譜資料「ヒラノ・コレクション」の調査を進めている。

※2 日本音楽学会ホームページ上に掲載されている両日の報告記・傍聴記も参照のこと。