新刊紹介 単著 『天体建築論 レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』

本田晃子(著)
『天体建築論 レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』
東京大学出版会、2014年3月

1917年のロシア革命は政治上の事件にとどまらず、人々の生活や認識そのものの変革の契機でもあった。このもうひとつの変革に対して最も敏感に反応したのは建築家たちだったのではないだろうか。ソヴィエトの建築家たちの設計図には、新しい生活や理想的な都市のヴィジョンがあふれている。

そのような建築家たちの中でも本書がとりあげるのはイワン・レオニドフである。学生時代から才能を高く評価されながらも、レオニドフの建造物はほとんど実現しなかった。だが著者はそのような創作を「紙上建築」として肯定的にとらえなおし、その奇抜なヴィジョンを丹念に読み解いてみせる。雑誌と建築、球体と無重力、建築の演劇性、無対象、幾何学とグリッド、建築遺産の引用──本書で取り上げられる魅力的なトピックはどれもレオニドフの特徴を鋭くとらえると同時に、同時代のソヴィエトの文化を理解するためにも重要な概念である。

さらに本書では、ソヴィエトの建築史上重要な数々のコンペやプロジェクトにも目配りがなされ、鋭い考察が加えられている。そのために建築家各々の個性が明瞭になると同時に、レオニドフ建築の大胆さが際立たせられている。本書はレオニドフを中心としてソヴィエト建築の一大パノラマを描くことにも成功している。

本書を読んだ後、実際に建てられた建築物のみを重要な研究対象とみなすという発想はなくなるだろう。紙上建築は建築家個人のヴィジョンのみならず同時代の理念をも読み解く手掛かりとなりうることを、本書は体現しているのである。(河村彩)

本田晃子(著)『天体建築論 レオニドフとソ連邦の紙上建築時代』