小特集 インタビュー ポスト・ミュージアム時代の近代美術館

ポスト・ミュージアム時代の近代美術館|三輪健仁(東京国立近代美術館 主任研究員)|聞き手:池野絢子、江口正登|記事構成:江口正登

美術館のなかの映像――「ヴィデオを待ちながら」展と「映画をめぐる美術」展

── このインタビューが載る『REPRE』が公開される頃には、「映画をめぐる美術――マルセル・ブロータースから始める」展が始まっていると思います。これに関しても、同じく映像作品を扱った展覧会として、最初にお話いただいた「ヴィデオを待ちながら」展とも対照させつつお話をうかがえたらと思うのですが。

三輪:まず、「映画をめぐる美術」展の場合は、私が一から企画しているのではなくて、京都国立近代美術館の研究員がもともと企画したものです。なので、成り立ちがそもそも違うということがあります。
「ヴィデオを待ちながら」展の場合は、最初に話したように近代美術館という場所が持っている条件をすごく意識して会場構成をしています。もともとのコンセプトとして、すごく開けた空間でやる、というのがまずあったように記憶していて、個々の映像作品は、専用の閉じられた部屋を作るようにアーティストに指示されたもの以外は、ほぼ囲い込まずに展示しました。また、囲われたボックス状のスペースを作るにしても、なるべくそれを建物の構造壁から離して作る。いわば、大きなボックスのなかに、小さなボックスがいくつか浮かんでいるようなイメージです。で、普通に考えるとボックスとボックスのあいだは展示空間ではなくなるのだけれど、そこにも作品を置く。ボックスの中と外いずれもが展示空間として反転しあう感じですね。このコンセプトは、共同で企画した同僚の蔵屋美香や、展示構成を担当してくれた建築家の西澤徹夫さんのアイディアです。ちなみに西澤さんは「映画をめぐる美術」展の会場構成も担当しています。
美術館では、同時に複数の作品が隣り合う、見られるというのが、映画館などとは異なる環境だと言われてきました。そこから、時代も地域も異なる作品群がネットワーク状に関連づけられるような鑑賞体験が生まれる。そして、そこにこそ映画あるいは映画館にはない、美術における映像の重要性があるということは一時期すごく語られました。「ヴィデオを待ちながら」展の会場は、確かにそれを踏襲している部分はあります。隣の作品の音がノイズとして思いっきり入ってきてしまうような会場だったんですが、それは、美術館という空間の持っている条件を愚直に利用する試みだったとも言えます。
それに較べると「映画をめぐる美術」展の方は、まったく対照的な発想をとっています。すごく単純に言ってしまうと、美術における映像は、映画との差異化を志向し続けなければいけなかったんだと思うんですよね、ジャンル的な問題として。映画ではなく美術のなかで映像をやることにはどういう意味があるのかというような、存在理由を示す必要があった。そこで、いま話したような、展示空間のなかで複数の作品が同時並行で展開していくとか、あるいは映像作品を始めから終わりまで観なくても良いというような性質が出てくるわけですけれど、「映画をめぐる美術」展は、美術館が持っている空間の特性を基本的には無視して、展示空間のなかに映画館的、劇場的な鑑賞環境をそのまま持ってくるという構成になっています。
というのは、同時並行的に複数の作品が存在していることだけに、美術における映像の利点を見るという考え方はやや賞味期限が過ぎたような感じもちょっとしていたんです。映画にまつわる映像作品をコンテンツとして展示するということも大きく影響していたとは思います。それと、今回出品しているアーティストのなかでは、ブロータース一人だけが物故作家で、他はほとんど、現存作家の2000年代以降の作品がそろっているというのがこの展覧会の構成です。この現代のアーティストたちは、ブロータースを必ずしも強く意識して制作しているわけではない。ブロータースと個々の現代作家のあいだもそうだし、個々の現代作家間も、その関係が必ずしも緊密ではない。むしろそれぞれ独立している感じが強いので、網の目のようにつなぐというやり方は、今回の場合あまり有効ではないだろうと考えました。
美術館における展覧会の会場構成というものは、基本的には一筆書きで入口から出口まで進めるという鑑賞経験を想定して作られます。一番効率よく全部をまんべんなく鑑賞できる導線を引く、つまり観客は、たとえばこちらとこちらの道のどちらを進むか選択するというような、導線を意識することなしに、入口から出口までただただ作品鑑賞に集中できるということです。でも今回はそれを一切やめています。シネコン方式というか、まず真ん中にひとつの部屋がハブのようなものとしてあって、その他の部屋はそれこそシアターと名づけているんですが、この真ん中の部屋から色々なシアターへと順路が出ていて、それぞれは独立しているという構造です。ひとつの作品を観終わったら中央の部屋に戻ってきて、次は隣のシアターに行っても良いけれど、まったく別のシアターに行っても良い。でもひとつのシアターから別のシアターに直接は行けないようになっていて、中央のホール状の部屋に必ず一度戻らないといけない。で、そのホールにはブロータースの作品が展示されている、という構造です。
こうした状況を作ることによって、具体的にどういう可能性が開けるのかということは実際に会場ができて経験してみなければまだ明確には分かりませんが、映画と美術を差異化するというのでなく、ある意味、映画や映画館自体を美術館のなかにリテラルに持ってきてしまったらどうなるのかな、とか、美術や美術館はそれに耐えられるのかなとか、美術館で働く身としては無責任かもしれませんが、そこに興味があります。
そういうわけで、場所が同じという意味で、空間の条件自体は「ヴィデオを待ちながら」も「映画をめぐる美術」も変わらないのですけれど、それに対するアプローチはまったく逆なんです。やはり自らが企画した「ヴィデオを待ちながら」の方が自分のテイストであって、今回は自分が一から立ち上げた企画じゃないからこういうことができてしまうという部分もあると思います。でも、「ヴィデオを待ちながら」から5年くらい経って、そのときのスタンスから少し変わった部分があるのかもしれません。
一つひとつのシアターに行く通路も、壁を立てずに黒いカーテンでできています。劇場とか映画館って、階段状になった客席の背後から横を通って、ちょっと暗いところに入って、明るい舞台が見えて、席に座る、というような空間構造がありますよね。あの、暗い通路をわくわくしながら歩いていく時間が、私にとっての劇場的経験だなと思うんです。なかなか展覧会場にはない空間です。シアターに通じる一つひとつの通路がけっこう長いので、そこを通りながら、いま言ったような経験をしてほしいというのがあります。そういうことを含めて、映画あるいは映画館的な経験を美術館に持ち込んでみるとどうなるかなというのが、今回試してみたいことです。京都での展覧会とはだいぶ違う会場構成になっているので、すでに京都でこの展覧会を観た方にもぜひ再訪してほしいですね。

ポストメディウム言説の可能性

── 最初の話に戻りますが、「ヴィデオを待ちながら」展に関して、映像のなかに絵画的なものや彫刻的な質があるとおっしゃったのがすごく印象的でした。その点に関して、たとえば「映画をめぐる美術」展で大きく取り上げられる田中功起さんのように、インスタレーションとメディアと両方、あるいはミクストメディアみたいなかたちで活躍されている現代の作家の作品にも同じことが言えるのか、それとも、そういう要素は少なくなっているのか、どのようにお考えでしょうか。

三輪:そういう要素を持っているアーティストは現代でもいるとは思っています。「14の夕べ」の出演者たちはそれを感じたので選んだところもありますし。たとえば、私は出演者のひとりである小林耕平さんをずっと尊敬しているんですけれど、彼の作品にはそういう質があるように思います。いまの全体的な傾向としてどうなのかは正直分かりませんが、そういう質を持ったアーティストは確実にいると思います。

── ポストメディウムという概念をメディウムの多元性というような意味で捉えるなら、映像のなかにも絵画や彫刻がある、というようなかたちで1960-70年代からすでにあったことが、いまもかたちを変えて続いている、ということになるんでしょうか。

三輪:そうかもしれません。ポストメディウムという言葉を使うかどうかは別として、やはり1960-70年代のメディウムに対するアーティストのスタンスには、すごく相反するものが含まれていたように思います。ひとつには、たとえば「ヴィデオを待ちながら」展で扱っていたようなアーティストは、グリーンバーグ的なフォーマリズムの影響を確実に受けています。というか、まさにそこから育ったようなアーティストなので、近親憎悪的な部分もたぶんある。ですからグリーンバーグが推奨したようなメディウム・スペシフィックな表現に対して、それでは駄目なんだという考えがあるにはあるのですが、それは、自分が表現するときに用いるメディウムに対しての意識が弱まっているということではない。メディウムに対してそれを批判的に検証しようという意識はすごく強固だったのだと思います。その一方で、でもそれが単一のメディウムに収束するのではないというところがある。1970年代には美術の拡張というようなことが盛んに言われました。確かに、複数のメディウムを同時並行的に用いて制作を行う、あるいはひとつの作品のなかにも複数のメディウムを混合して使用する、というかたちで、純粋なメディウム・スペシフィシティとは違う方向に向かった側面はあるでしょう。けれど、それぞれのメディウムに対する強い意識が制作の動機になっているところは、グリーンバーグ的なフォーマリズムからずっと続いている。これはクラウスのポストメディウムの議論にも含まれるねじれのようなものですよね。そういう相反するものがここにはあって、そのことがそのままポストメディウムという考え方と同一だとは思いませんが、近い性質のことなのかなという気もします。そういう意味では、1960-70年代からポストメディウム的なあり方がすでに生じていたし、それが現在アクチュアルな問題として考えるに値するということには同意します。
けれども、「リレーショナル・アート」などもそうですが、概念やイズム、スクールなどでアーティスト、特に現代作家をカテゴライズするのは当然危険を伴うことなので、慎重にはなります。過去の状況を歴史的に振り返ってそうすることとは異なります。
ともあれ、現在のところ、ポストメディウムは主に言説レベルで盛んに論じられている印象が個人的にはあって、クラウスの場合は、ブロータースなりコールマンなり、具体的なアーティストを挙げて分析しているわけですけれど、一般的に、この人はポストメディウム的、みたいな感じでカテゴライズするものとして有効な術語かというと疑問は残ります。すごく魅力的な言葉だとは思うのですが……。確かに、たとえば田中さんや小林さんをなんとなくそういう流れと関連づけられるのかなと思うこともありますが、でもそういう理解がどれくらい生産的なものなのかはちょっとまだ判断がつきかねます。
それと、これもまだ漠然としているのですが、今回のお話と「14の夕べ」を結びつけてみると、パフォーマンスは人間の身体、そしてその身振りに基礎づけられた表現なわけですが、このいわば身体という物質的かつ技術的メディウムへ、ポストメディウムという観点を導入したときに、何か有意義で生産的な見通しを切り開くことになるのかということにも興味があります。

── 今日のお話では、私たちが「ポスト・ミュージアム」ととりあえず名指したような実践を、しかし三輪さんは近代美術館という条件をとても強く意識しながらやられているということがよく分かりました。1960-70年代の両義性、還元主義的な傾向と拡張的な傾向が両義的に重なっているというお話がありましたが、そのこととパラレルなこととして、近代美術館的なものとポスト・ミュージアム的なものの両義的な重なりというようなことも考えられるのかなと思いました。

三輪:そうですね。今回の企画タイトルに含まれる、美術館以後とでも訳せるだろう「ポスト・ミュージアム」と「ポスト・モダニズム」が連動しているのであれば、それらがなお「近代美術館(ミュージアム・オブ・モダン・アート)」という場において実践される可能性を探ることには、それ相応の意義があるような気がしました。近代美術館というものの制度なり、それが置かれている状況に対しては、危機意識半分と、まだ楽観的な気持ち半分という感じです。もうとっくに時代遅れなものだというふうに言われることもありますが、そこまでではないんじゃないかと。少なくとも、施設としてはなくならない、たとえばMoMAはあと50年、100年は「観光施設」であり続けるのは確かなように思います。だからこそ、アクチュアルな問題意識を持続できるのかという点が危機といえば危機なわけですが、でもそれは、危機であると同時に、可能性もまだ残っているということでもあると思っています。

(2014年4月2日、東京国立近代美術館にて)

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