小特集 研究ノート 日本学とアニメ研究

日本学とアニメ研究——再帰性の原点
秋菊姫(クッキ・チュー)

北米の日本学に危機が訪れている。ここ20年間の日本を見舞った経済不況により学生たちの日本に対する関心が落ちているなか、日本学のアイデンティティを危機が襲っているのである。カナダのトロント大学では多数の地域研究の統合が提案されたが、それは日本学が消えてしまうという印象を与えた。北米の小規模の大学などでは登録学生数が少ないという理由で日本学科が実際に廃止されたケースもある。一方で、これまで北米の学生たちが関心を見せてきた経済、政治、宗教、文学などの領域が徐々に衰退した分野として認識されはじめたここ10年の間に、世界的に人気を集めたアニメやマンガに対する関心が上昇した。その結果、近年になって日本語を学ぼうとする学生たちが再び少しずつ増加しはじめたのである。現在、アニメとマンガについて教えるのは北米の日本学科では一般的なことになり、いくつかの大学が最近公示した日本学教員の募集要項にも「募集対象は日本文学、映画学、またはアニメ、メディア研究を専門にするもの」と記載されている。1990年代までは文学が主流を形成していたが、最近はアニメやマンガの「メディア」研究が勢いを見せている。今年の3月にアメリカのサンディエゴで開催されたAAS(Association for Asian Studies)の大会では、招聘された青木保がクール・ジャパン政策について語った一方、会長のテッド・ベスター(ハーヴァード大学人類学教授)も日本のアニメなどのポピュラーカルチャーについて語りはじめた。アメリカにおける日本学の系譜からみれば、まるで日本学が大衆文化・アニメ学に化けているような印象を与えるだろう。

アニメというメディアが北米の研究者の間で認識されはじめたのは1990年代末からであって、シャロン・キンセラー、スーザン・ネイピア、トマス・ラマールなどが先駆者と言える。しかし、そのほかに日本学と関係のない、そして日本では知られていない若手研究者たちも大勢存在していた。実際、今日の北米で行われている日本アニメ研究の盛況は、多くの場合日本語が駆使できず、また日本文化を深く研究していない若い研究者たちを中心に成立している。アニメに対する愛情から出発した彼らの研究は、地域研究とは関係のない映画研究やメディア研究、あるいは文学部で主に行われている。日本文化の理解を目的とする日本学とは異なって、他学科で行われるアニメ研究の場合、日本に対する理解が不足していても、西洋の批判理論、フェミニズムとジェンダー理論、美学理論、人類学、心理学などによる分析が可能である。日本文化の「感覚」を理解していなかったとしても、アニメテキストをそれなりに面白く解釈しようとする意志がそこには見える(けれども、押井守の作品に表れるキリスト教のモチーフを心理学的に分析する研究などには、日本学の研究者たちは若干違和感を感じるかもしれない)。つまり、北米で生産されるアニメ研究は量の面ではめざましい増加を見せたものの、日本学の観点から見ると、質の面では残念なところが多い。

だが、北米におけるアニメ研究のこのような現実は日本にいる研究者たちには認識しがたい。第一に、日本の研究者たちが北米でアニメ、マンガ、あるいは大衆文化を研究をする海外の研究者たちと会う機会は主に、後者が日本を訪ね、長期間にわたって研究をするときであろう。もしくは、国際学会における日本大衆文化に関するパネル程度である。しかし、このような研究者たちは、もうすでに日本学と関わり、日本語が駆使できる研究者たちである場合が多い。すなわち、海外で主流をなす「非日本学の研究者たち」ではないのである。第二に、海外の学会で非日本学のアニメ研究者たちと接する機会があっても、同じパネルに属しない限り、学問的に深い対話を交わすことは少ない。それに加えて、上記したように、非日本学のアニメ研究者たちの日本語駆使能力は保障できない(または逆に日本からの研究者たちの英語能力が不足しているかも知れない)。最後の、そしてもっとも重要な理由は、「日本」という実体(Entity)が反復される言説により復元されつづけてきたということである。すなわち、限られた人たちによる限定された学問が日本と西洋との間で交換され、そのことで「日本」という知識が結実する、という構造があるのだ。要約すると、西洋で広範に行われているアニメやマンガ研究を日本の研究者たちが理解しがたい理由は、西洋で行われている日本学という枠または眼差しから日本の大衆文化研究を理解するからである。また、北米の日本学内での大衆文化研究の立地はきわめて狭いので、このごく少数の日本学研究者たちによって行われる大衆文化研究が微視的・局所的な段階にとどまっていることに違和感を感じてしまう。

メディア研究を専攻した私が、日本のアニメやマンガなどの大衆文化が好きで東京に行ったのは10年前のことなので、アニメ研究をするために日本に渡ったアメリカのメディア研究者の先駆世代だったと言えるだろう。しかし、日本での経験により、私にはアニメの研究と同時に、アメリカで行われている日本学の現実を観察する機会が与えられた。アメリカでもっとも学生数が多いテキサス州立大学の博士課程に通った私は、アメリカ国内の日本学研究者たちとほとんど接することができなかったが、そのことから逆に、アメリカ国内で研究されている日本学の現実が見えてくる。アメリカにおけるアジア学の研究は、アジア系人口が集中している東北・西部地域を中心に成立している。といっても、きわめて少数の学校でしかアジア学は発達していない。現実としては、主に日米関係に経済的、政治的に力を入れている大学、つまりアイビーリーグの大学やカリフォルニア州立大学などを中心として日本学が定着してきたのである。分野としては、人類学、歴史学、政治学、宗教学や美術史、そして文学を中心に教育が行われている。20世紀半ばに登場したメディア研究はほぼ半世紀の間、地域研究から疎外されてきた。北米で行われる日本の言論に関する研究もまた、歴史や思想史の一環として分析され、新聞学的な統計分析やメディア研究的なテキスト分析が行われたのではない。そのような経緯を踏まえると、ここ5年間、北米の日本学においてメディア研究に高い関心が寄せられているのは驚異的である。そして、こうした展開は日本国内でも好意的に受け止められているようであり、そのこともまた不思議である。しかし、この現象を批判する研究者は少ない。私の知り合いの何人かの日本人の研究者たちにこの現実を訴えたら、「残念だけど、日本への関心を海外で広げることにつながるから」と違和感を感じても黙認するという答えであった。

アメリカにおける日本学は、不思議なことに歴史、経済、政治、人類学、ジェンダー、そして現在はメディアや大衆文化も含めた日本社会全般に対する総括的な理解を要求している。無論、これらすべてに通達した知識人を指向するのは、学問的に肯定的なことであろう。けれども、アメリカのどの研究者が、アメリカの「あらゆる」知識を持っているのか問いたい。政治学を専門としている教授が大衆文化に無知でも、人類学を研究する学者がメディア研究に精通しなくてもよい理由は、まさにアメリカが「征服」できる地域ではないからである。だとすれば、どうして日本学(または地域研究)に限って日本の(地域の)すべてが把握できなければならないという圧力が存在しているのだろうか。やはり戦後日米関係に由来を持つ「日本征服」という眼差しの結果ではないかと考えたくなる。西洋の大勢の研究者たちが想像している日本は、「征服」可能なシミュラークルとして存在し、それと同時に、この「錯覚」は西洋における日本学が生んだ限定的な知識の流通によるものである。この「錯覚」が存在しつづける権力構造の背景として、北米における日本学の研究の間口が狭く、ひとつのテーマを取り組んだ研究者がいると、その分野にほかの研究者が立ち寄りがたくなるというシステムがある。たとえば、アニメ産業に関する研究をある研究者が出版すると、そのテーマでほかの人が出版するのは難しくなる。つまり、特定のテーマにはただ一人の権威者が存在するだけである。いうまでもなくこのシステムは非常に偏狭な学問を胚胎してしまうが、それにより日本学が維持されてきたのである。

興味深い例として、私がアメリカの博士課程に通っていたときのエピソードを紹介したい。日本のアニメ産業についての博士論文研究を志していた私にスタンフォード大学出身のある日本史の教授が、柄谷行人は有名だから読んだほうがよいと勧めてくれた。私は文学研究者ではなかったので「どうして柄谷が重要なのか」と尋ねたら、「よく分からないけど日本学の皆が柄谷、柄谷と言っているから」とのことであった。彼女の返答から北米の日本学の現状が見えてくるのではないか。海外の日本関連パネルに行くと、発表と全然関係のない柄谷行人を云々する質問が突然出るのを頻繁に目撃する。これは「私、柄谷読んでるから」といった軽薄なパフォーマンスにすぎないけれども、他の参加者たちが熱心にうなづく姿──そのパフォーマンスを肯定している姿勢──を見ると、日本学が柄谷という媒体により規定・圧縮され、そのことで他の可能性(日本の様々な声)を閉ざしてしまうプロセスを実感できる。ここ何年間は、柄谷から東浩紀へその対象が移っているが、その転移の背後には丸山真男→柄谷行人→東浩紀という受け継がれていく系譜が存在している。「日本」を分析・定義する北米の研究者たちの目には丸山や柄谷といった旧世代に対して、ようやく東浩紀、宮台真司、または大塚英志などの評論が新鮮に見えるようになったのかもしれないが、それもほぼ一世代にわたって構築されてきた北米の日本学の慣性が更新されたにすぎないのかもしれない。引用対象が転移しただけで、「日本の征服と圧縮」というシステムのもと、新たに「採択」された少数の日本人ネイティヴ・インフォーマントにより日本学という分野が構築されていく。現在はその採択がアニメ、マンガ、ライトノベル、そしてゲームを研究している人々に移っているだけである。上述したような権威あるAASなどでの日本の大衆文化に対する関心は嬉しいことである。しかしながら、北米で行われる日本学の系譜と「風土」を考慮すると、日本という「征服すべき知識」は、これからはきわめて限定されたアニメ・マンガ・ゲームメディアという枠により規定されてしまうという懸念を抱かざるをえない。そして、この傾向に対して、西洋の研究者たちから答えを求めるのではなく、日本にいる研究者たちも自ら責任をもって打破すべきであろう。日本学と関連のない海外の学会に積極的に参加したり、海外の学術誌に投稿したり、日本学を避ける方法は無限にある。日本関連の学会で自らネイティヴ・インフォーマントになる時代は終わらせるべきであろう。これは19世紀以来変容しつづけてきた退色した言説かもしれないが、いつまで日本の文化(あるいは非西洋の文化)が西洋における日本学(あるいは非西洋の地域研究)により媒介(Mediate)されつづけなければならないのだろうか。この問いかけを出発点にしたい。「日本」という実体が今はアニメやゲームというメディアにより概念化されているが、今後いかなる領域によって表象されていくのかは未知数である。この現実に違和感を感じてもらいたい。

秋菊姫(テュレーン大学)