新刊紹介 編著、翻訳など 『20世紀ユダヤ思想家――来るべきものの証人たち 1』

柿並良佑ほか(訳)
ピエール・ブーレッツ(著)『20世紀ユダヤ思想家――来るべきものの証人たち 1』
みすず書房、2011年1月

エマニュエル・レヴィナスに多大な影響を与えたという事実は知られていながら、長らく翻訳が待たれていたフランツ・ローゼンツヴァイクの主著『救済の星』が、そしてまた著者自身によるその序説『健康な理性』がようやく日本語で接近可能なものとなり、それらと相前後して解説書・研究書も刊行されている。ローゼンツヴァイクという一例を見るだけでも分かるように、これまで闇に隠れていたドイツ・ユダヤ思想史上の重要な哲学者の紹介が近年一挙に進んでいる。たしかに、それ以前にもS・モーゼス『歴史の天使』、S・A・ハンデルマン『救済の解釈学』など、ベンヤミン、ショーレム、そしてレヴィナスといった「ユダヤ思想家」を論じる書物は少しずつ我々の手元に届けられてきたのではあった。

しかし、当の「ユダヤ思想」とは何なのか。本書『20世紀ユダヤ思想家』(全3巻)は、ローゼンツヴァイクの師にして新カント派の一首領であったヘルマン・コーエンから説き起こし、20世紀のドイツ・ユダヤ思想史を再構成することによってこの問題に光を当てようとする壮大な試みである。「神の死」と「理性の破壊」の時代に生まれたローゼンツヴァイク、ベンヤミン、ショーレム、ブーバー、ブロッホ、ヨナス、シュトラウス、レヴィナスといった思想家たちの言葉――裁かれた歴史のうちに散らばった「未来についての証言」――を拾い集め、一冊の書物を編むという方法論はベンヤミンの断片に想を得たものであり、そのまま本書の原題(『未来の証人たち』)にも採用されている。

既に名を挙げた思想家たちの肖像と著作の紹介だけでも、いわば「現代ユダヤ思想家辞典」の役割を果たしうるであろうが、各思想家の単なる紹介にとどまらず、著作と併せて書簡集などの資料をも丹念に読み込むことによって思想家同士の交流が見事に浮かび上がっていく様を目にすれば、一人の著者が描き出した思想の一大絵巻たる本書の意義は明らかとなろう。

第1巻では、「ドイツとユダヤの共生」を夢見た世代に属すコーエンが遺した『理性の宗教』、キリスト教への改宗の間際で踏みとどまりユダヤ教への「回帰」を果たしたローゼンツヴァイクの『救済の星』、そしてベンヤミンの生涯を通じて伏流するモティーフとしての「ユダヤ哲学」が論じられる。頁をめくる度に理性と宗教との間の葛藤を通じた思想のドラマが伝わってくることだろう。(柿並良佑)