新刊紹介 編著、翻訳など 『罵倒文学史 19世紀フランス作家の噂の真相』

石橋正孝(訳)
アンヌ・ボケル(著)エティエンヌ・ケルン(著)『罵倒文学史 19世紀フランス作家の噂の真相』
東洋書林、2011年1月

「作家、あるいは小説家(この二つのコトバがあるからには、どこかちがっているのかも知れないが)のタテマエは、全人類のうちの、たった一人の人間をも軽蔑したり、無視したりしてはならないというオキテである。(中略)しかし、悲しいかな。彼および彼らの傍には「文人、相軽ンズ」という鉄則がそびえ立っている」。今からおよそ半世紀前に武田泰淳が書いた言葉である。作家たちくらい狭量にいがみ合う種族もいないとすれば、実はそこにこそ文学の本質が現れているのではないか――これこそが『罵倒文学史――19世紀フランス作家の噂の真相』を貫く中心的な問いであり、事実、ジャーナリズムの発展と、それに伴う小説といういかがわしいジャンルの覇権確立を背景に、史上初めて存分に呪詛を投げつけ合う機会が作家たちに与えられたのが19世紀フランスだったのは確かであるにせよ、実際には、こうしたもっともらしい理屈は口実にすぎないだろう。これほどまでに潔くゴシップに徹した本も珍しく、まずは自分たちが蒐集したエピソードの楽しさに淫し、それを読者と共有したいという思いが伝わってくる。人は憎悪に駆られる時、「素」を曝け出す。人類の中でもっとも人間らしい作家たちの欠点は、程度の差こそあれ、万人のものである。本書を読みながら思わずニヤニヤする一方で、胸に手を当ててみれば各自思い当たる節も多々あろうかと。(石橋正孝)